004 : ブルー・デイ

「ぎゃあああああ!!!」
「うるせぇ!」
「いたっ!」


 ひどいこの人今俺の足蹴った!!しかも脛だよ脛!弁慶さえ泣くんだから、俺なんかボロ泣きじゃね!?つか、俺怪我人なんだからもっと優しくしてほしい!


「まだ何もしてねぇだろが!」
「だって絶対染みるもん分かるもん痛いもん!」


 ぎゃあぎゃあと喚く俺の腕には、体育の授業でコケて作った血だらけの擦り傷。とにかく砂を落とさないと、と日向に連れてこられたのは水飲み場だった。近付くにつれ、何をされるか検討がついて騒ぎ出した俺に、日向は蹴りを入れたのだ。
 騒ぐのだって無理ない。剥き出しの傷口に水をぶっかけたらそりゃあ痛いに決まってる。はっきり言おう。俺は痛いのが嫌いだ。ヘタレと言われてもいい。嫌なもんは嫌なんだ!
 すでに半泣き状態の俺に、日向はうんざりとした視線を向けて、盛大な溜め息を吐いた。ものすごくあからさま。お前めんどくせえオーラだだもれですけど!?一体いつの間にスイッチ入ったの!?


「…あのなあ、砂が傷口入ったらどうするんだよ。もっと痛いんだぞ」
「えっ」
「そのままにしてたらバイ菌だって入るだろうなぁ」
「ぎゃあ!」
「そのうち腐ったりして…」
「洗います洗います洗わせていただきます!」


 素早くケガした方の腕を差し出すと、日向はにんまりと笑ってその腕をがっと掴んだ。……何だろうこの、悪魔に魂を売った気分は。


「よーし、その言葉忘れんなよ」
「あ、あの、優しくお願いします…」
「俺はいつも優しいだろうが」


 え、どうかな。日向以外のバスケ部のメンツはみんな優しいけど。伊月のダジャレは寒いし水戸部喋らないし小金井はたまに鬱陶しいしリコちゃん怖いけど、基本的に良い奴らばっかりだ。


「あ?何か言ったか」
「言ってません!」


 思っただけなのに何でわかったのこいつ怖い…!
 色んな意味で震える俺の腕を蛇口の下にセットする日向は、嬉々としているように見える。1年の時はこんな奴じゃなかったのに…!恨むぞリコちゃん!
 きゅ、と蛇口を捻る音に目を瞑る。


「、…うー…っ」


 最初に感じた冷たさの後に、じわじわと広がっていく痛み。このまんまじゃいらんなくて、日向にしがみつく。支えがあると少し痛みが和らいだ気がした。まあ、和らいだだけで痛いことには変わりないんだけど…!何であんなコケ方したんだろう俺のバカ!


「おーい、服伸びんだろー」


 とか言いながら無理やり離そうとしないのに甘えて、水が止まるまでしがみついていた。目を開けると、確かに俺が掴んでたとこだけ変に伸びてて、日向はしょうがねぇなぁって笑った。
 さっきはあんな風に思ったけど、何だかんだで日向も優しいんだよな。スイッチ入ると黒いけど。


「いたいー…」
「保健室まで我慢してろよ」
「保健室?」


 その単語を聞いてぴしりと固まった。俺何で忘れてたんだろう。なんか全部終わった気になってたけど、ケガしたってことは保健室に行かなきゃなんないんじゃないか。


「………日向、俺今ものすごいこと思い出したんだけどさ」
「?ああ」
「ケガ手当てする時って…」


 きっと今の俺は、顔面蒼白になってたんじゃないだろうか。日向はその先の言葉に思い当たったんだろう。憎たらしいほどの爽やかな笑顔を浮かべて、ぽん、と俺の肩に手を置いた。


「消毒しなきゃな!」
「いやだぁぁぁぁぁ!」





( 2010/08/25 )