081:義理チョコと本命

 朝、学校に行くと、安田がいつもの何倍も面白かった。いや、本人は格好付けてるつもりなんだろうけど、ポージングしたりしても、それをするのがモデルとかフジみたいなイケメンじゃなければ気持ち悪いだけだ。つまり、気持ち悪くてすごく面白いことになっている。ちなみにこれは、安田に関しては褒め言葉ね。


「安田、何やってんの?」
「決まってんだろ、アピールしてるんだよ!」
「バレンタイン当日にアピールしてどうするんだよ」


 そういうのは、これから用意するという時にやらなければ意味がないだろうに。
 ははっと笑うと、口に花をくわえたままの安田が驚いた顔でこっちを見た。というかその花、昨日まで教室に飾られていた花のような気がするんだけど気のせいかな。ちょっと枯れかけてるし。


「?何?」
がイベント事覚えてるんなんて珍しーな」
「まあ、今年はスルーできないからね」


 そもそも、別に覚えてないわけじゃない。ただ、興味がなかっただけで。でも今年はスルーできない理由があったし、ちゃんと当事者になるつもりでいるけれど。


「ふーん?」
「あ、安田にもあげようと思って持ってきたんだ。どうせ誰にも貰えないだろうと思って」
「失礼な奴だな!余計なお世話だっ」
「え、いらないの?でっかいの買ったのに」


 がさごそと紙袋をあさって取り出した大きな箱のチョコを取り出すと、安田はものすごく微妙な顔をした。


「お前、俺がそれ貰って嬉しいと思うか…?」
「いや、余計寂しくなると思う」


 むしろそれが狙いだし、と付け加えると、安田はチッと舌を打って、俺の手からチョコを受け取ろうとした。…んだけど。
 突然現れたフジに、横から奪われてしまった。


「あ」
「何だよ、藤」
、何で安田なんかにチョコやってんだよ」


 フジはとても機嫌が悪そうだった。まだ来ていないと思って教室で騒いでたのはまずかったかな。まだフジに渡してないし、俺たちの話を聞いていなかったなら、変な誤解をされたかもしれない。
 去年みたいに失敗したくはなかったから、慌ててフジ用のチョコを押し付けるように渡して、そのままフジの体を反転させて教室から出て人気のない場所に向かった。安田は不思議そうに俺たちのことを見ていたけど、あとでフォローすれば大丈夫だろう。


「フジのはこっち。今年はちゃんと用意したから」
「サンキュ。…で、これは何なわけ?」


 安田用のチョコを不満そうに見るフジに、誤解を解いてもらうにはもう中身を見てもらうしかない。せっかく包んであったものだけどバリバリと包みを破って、現れたチョコをずいっと差し出した。
 見開かれたフジの目に映るのは、でかでかとした「義理」という文字。洒落で売っているチョコだ。マンガとかではよく見かけるけどリアルに見つけたのは初めてで、思わず買ってしまったところまでは良かったものの、まさかこれをフジに渡すわけにもいかなかったから、色々考えて安田に渡すことにしたのだ。俺は甘いものとか苦手だから、食べられなかったし。


「このとおり安田のは義理だから許して。…フジのは、俺の手作りだから」


 どうせあげるのなら手作りの方が喜んでもらえると思って、妹を手伝う振りして簡単なトリュフを作った。だから大分小さい包みになってしまったんだけど、気持ちはもちろんフジの方がこもっている。


「手作り?」
「…嫌だった?」
「いや、すげー嬉しい」


 どうやらフジは俺の説明で機嫌を直してくれたらしく、本当に嬉しそうに相好を崩した。それにほっとする。


「よかった」
「…悪かったな、誤解して」
「あ、それは全然。俺が誤解させるようなことしてたのが悪いから」


 ぱたぱたと手を振って、大丈夫だよと笑う。フジが気にしたり謝る必要はどこにもない。機嫌直してくれただけで、全然良い。


「これ、破って良かったのか?」
「いーでしょ、安田だし」
「……」
「ん?どうしたの?」
「いや、別に(さすがに同情するとは言えないよな…)」





( 2011/02/06 )