ー、腹減ったー」


 人のベッドを占領してごろごろしていた洋一が、ふと顔を上げたと思ったらそんなことを言い出した。時計を見ると、針は15時半を差している。確かにお腹が空いてくる時間かもしれないけど、


「何で俺に言うんだよ…」


 俺は野球部のマネージャーであって、洋一の母親でも給仕係でも何でもない。洋一がお腹を空かせたからといって、俺が用意してあげる必要はどこにもない。それなのに当たり前のように洋一はそう言って、呆れた俺をにやにやと見ている。


「何かねぇの?」
「何かあると思う?」


 ぐるりと部屋を見渡して、逆に問い掛ける。他の部屋だとざっと見渡しただけでもお菓子の類が見つかるけど、俺の部屋には見事に何にもない。もちろん、隠している、というわけでもない。


「つっまんねーの」
「食べ物がないだけでつまんないとか言うのやめてくれる?」
「仕方ねーな。俺の部屋行くか」
「いってらっしゃい」


 むくりと起き上がった洋一に向けて、ひらひらと手を振る。そのまま見送ろうと思っていた俺の目論見はうまくいかずに、何故か洋一にずるずると部屋の外に引っ張り出されてしまった。


「お前も行くに決まってんだろ」
「いいよ俺は…」
「いーから」


 何がいいんだよ、と突っ込みつつ、部屋から出されてしまった後は大人しく洋一の後をついて行く。何だかんだで、俺の歩調に合わせてくれてるんだもんな。
 洋一の部屋は、相変わらずゲームやマンガが散乱していた。それらに囲まれるようにして、沢村がテレビに向かって喚いている。背後から覗き込むと、格闘ゲームで敵に負けたらしかった。


「ひゃははっ、よえーなお前!」
「うぉっ、いつ戻ってきたんだよ!」
「敬語使えっつってんだろ!」
「ぐはっ!!」


 後輩相手に容赦のない蹴り。技をかけなかったのは、多分空腹に勝てなかったからだろう。


「沢村ー、大丈夫?」


 床に伏した沢村の隣に屈んで、つんつんと突っついてみる。沢村はその時初めて俺がいることに気付いたようで、慌てて体を起こすと、「ちわすっ」という挨拶がてら頭を下げた。


「洋一がゲームの邪魔して悪いね」
「い、いえっ!先輩が謝ることないっす!」


 洋一にも御幸にも態度の悪いこの後輩は、何故か俺には妙に懐いてくれている。ぶんぶんと首を振るその様子がおかしくてくすくす笑っていると、沢村がぽかんとして俺を見ていることに気付いた。


「何?」
「いや…前から気になってたんですけど、先輩って何で倉持先輩と仲良いんですか?」
「へ?」
「沢村てめっ、何変なこと聞いてんだよ!」


 自分のベッドの下から持ってきたらしい大量のスナック菓子等を両手に抱えて、また洋一が沢村を怒鳴りつける。確かに驚く質問だ。綺麗なムービングボールを放つ彼は、日常では酷くストレートなところがある。
 今度こそはお菓子を放り投げてでも沢村に技をかけかねない洋一を取り敢えず落ち着かせて、沢村を正面から見据える。俺相手にどうして緊張しているのか分からないけど、沢村は正座をして答えを待っているようだった。


「俺と洋一が仲良いのは意外?」
「意外っつーか…不思議です」
「っ、」
「洋一、黙ってて」
「まだ何も言ってねぇよ!」


 それはそうだ。また沢村を怒鳴りつける前に、俺がその言葉を遮ったのだから。


「俺たち、同じ年だし同じクラスだよ?それでも不思議?」
「っス。だって先輩と倉持先輩じゃ、タイプが違うし」
「確かに自分でも洋一や御幸とは正反対だと思うけど、友達ってそんなもんじゃない?」


 洋一は俺の言うことを守って、何か言いたげにしながらもぎゅっと口を結んでいる。でもあんまり長いこと話し込んじゃうと、洋一の方がキレそうだ。沢村も納得してないみたいだし、しょうがない。


「沢村、耳貸して」


 ちょっとだけ沢村ににじり寄って、その耳元に顔を近付ける。ここでふーっと息を吹きかけたらどうなんのかな、と思ったけど、怒られそうだからやめておく。誰にって、多分洋一からそのことを聞くだろう御幸に、だ。


「何でか、は俺もよく分かんないよ。だけど、洋一と御幸といる時が一番楽しい」


 驚いたように俺を見る沢村とは対照的に、洋一は黙って俺のやることを見つめていた。ちらりとそっちに視線をやると目が合って、にこり、と笑んでみる。げしっと蹴ってきたのは多分というか絶対、照れ隠しだ。


「俺、ふたりが好きなんだ」


 洋一に聞こえないように呟いた、その声は吐息を漏らしただけに近い。まるで、愛を囁く時のような。そのせいかどうかは分からないけど、沢村は耳まで真っ赤になっていた。
 沢村の質問への答えは、一応今ので終了。というわけで、沢村から離れて洋一からお菓子を貰う。


「何言ったんだよ。こいつ、固まってんじゃねぇか」
「んー、ナイショ」


 まさか洋一と御幸への愛を囁いたんです、なんて。本人には言えるわけないだろ?

フェロウシップ

( 2009/2/1 )
( リクエストをくださった結月さまへ!ありがとうございました! )