マネージャーから部員たちにチョコを配るのは、毎年の恒例行事らしい。手作りする余裕はないから市販の安いものだけど、それでも部員たちには喜んでもらえている。俺も男だからその気持ちはよく分かる。義理だって分かっていても、バレンタインにはチョコのひとつやふたつ、貰いたいものだ。
 でもそれは、女の子から貰った場合の話。
 男の俺に手渡されても残念な気持ちになるだけだろう。だからチョコを配るのは、全部女子マネに任せて、俺は後方支援に回っている。誰に渡したか、後は誰が残っているのか、それを把握するのも立派な仕事だ。
 盛り上がる部員とマネージャーたちを眺めながら、手元の名簿にチェックをつけていく。こうやって観察していると、物凄く嬉しそうだったり照れている様子から、あいつはあの子が好きで、あの子はあいつが好きなんだろうなあって何となく思う。尤もそれは普段から感じることだけど、こういう時はそれが更に顕著に現れる。
 野次馬としてはみんなのことが気になるけれど、その中でもやっぱり一番気になるのは御幸のこと。マネージャーたちが彼を好きだという話は聞こえてこないけどそれは俺が御幸と仲良いからかもしれないし、油断はできない。御幸の欄にはまだチェックをつけていないからこれから渡されるはずなのに…いくら見回しても、御幸の姿が見当たらない。


「あれ?どこ行ったのかな…」
「誰探してんだ?」


 小さく呟いた瞬間、突然肩に手を回された。びっくりしながら視線をやると、メガネの奥でにやにやと笑う御幸が俺を覗き込んでくる。


「俺のことか?」
「そうだけど、何でこっちに来るんだよ。せっかくあっちでマネージャーたちがチョコ配ってるのに」


 未だどきどきしている胸を片手で押さえながら、空いた方の手でグラウンドを指差す。一瞬そっちを見たものの御幸はすぐに視線を戻して、俺に向けて手のひらを差し出した。


「?」
「どうせ貰うんなら、からがいいんだけど?」
「え、でも」
以外からは受け取らない」


 真顔で言われてどきりとする。ここで俺が突っぱねたら拗ねてしまうのは目に見えていたから、ポケットの中に入れていたチョコを取り出した。マネージャーだけどくんも男の子だから、と、さっき唯が俺にくれたものだけど、部員たちと同じものだし、御幸に渡しても問題はないだろう。


「じゃあ、これ…」
「サンキュ!」
「っわ…!」


 嬉しそうに顔を綻ばせて抱き着いてきた御幸を支えきれずによろけそうになったけれど、背中を押されて何とかその場に踏み止まった。ぎゅうぎゅうと抱き締められているから動かない体の代わりに、首だけを捻って背後を見ると、呆れたような顔で洋一が立っている。


「こんなとこでイチャついてんじゃねーよ」
「い、イチャついてなんか…!」
「何だよ倉持、邪魔するなよ」
「ひゃはっ、てめーの分のチョコ持ってきてやったけど、必要なかったみてーだな?」


 洋一は御幸の手にチョコの箱があることを確認して、にやにやと笑うと持っていた箱を俺のポケットの中に突っ込んだ。そしてそのまま、踵を返してしまう。


「これはにやるよ。じゃあな」
「え、ちょ、待っ…御幸いい加減離れろって!洋一〜!」

From You

( 2011/02/06 )