「で、ですね。すっごくかっこよかったんですよぉ〜」


 デレッという表現しかできないような表情を浮かべて、蝋花は身をくねらせる。今日一日で何度も聞いた台詞だ。は無感動に、へぇ、と返した。それに不服そうに、蝋花は頬を膨らませた。


さんだって絶対そう思いますよ!」
「さぁ、どーだか」
「もうっ」


 の方が先輩だというのに、蝋花の態度は全くそのように思っていないかのように思える。だがも注意しようとしないため、これから先もその態度が改められることはなさそうだ。自身気にしてないので、それは構わない。
 それにしても、と思う。蝋花がこんな風になることは珍しい。そんなにかっこいいのかと、見てみたくなるのは自然の摂理なのだろう。それにもう一つ、本人に会ってみたいと思わせる要因が彼にはあった。


「蝋花。お前、そのアレンって奴の部屋の場所知ってんのか?」
「知ってますよぉ。運びましたから〜」
「じゃあ案内してくれないか」
「いいですけど、抜け駆けはダメですよぉ?」
「アホか」





興味は好意に酷く似ていた






 案内された部屋のベッドの上で眠っていたのは、確かに思わず見惚れてしまうくらいには顔形の整った少年だった。白い髪のせいで年齢がいまいち掴めないが、寝顔のあどけなさを見るとより年下なのかもしれない。蝋花を仕事に戻らせた後、はベッド近くにイスを持って来て座り、じっと少年を見つめた。
 特に用はなかった。けれど興味があったというのは、充分用と言えるのだろう。―――神に愛され、イノセンスに生かされた少年を、一目この目で見てみたかったのだ。


「ぅ、…?」


 小さな声とともに、うっすらと少年の瞼が持ち上がる。ぼんやりとした瞳は暫く宙を彷徨い、やがてを捉えた。かと思ったら、大きな瞳が更に大きく見開かれる。まさか人がいるとは思わなかったのだろう。
 少年の瞳は、思っていたよりずっと澄んだ瞳をしていた。エクソシストをしている者は大抵、色々な過去を抱えていて、濁ってはいないにしろ鋭い瞳をしている。彼の過去が幸せなものだった訳ではないと思うが、それでもこんな瞳でいられるのは、彼の心が強いからだ。は口許に笑みが浮かぶのが分かった。


「悪い、少年。起こしたな」
「いえ…貴方は…?」
「俺は。蝋花の先輩って言えば分かりやすいか?」
「…あの眼鏡の子の先輩、ですか」
「そ。…おい、無理すんなよ?」


 起き上がろうとしたアレンの背に手を添えてやりながらそう言うと、アレンはを見て、ありがとうございますと微笑んだ。この笑顔に蝋花はやられたのか、と頭の片隅で思う。確かに老若男女関係なく、好感を抱かせる笑みだ。成長したらかなりモテるようになるだろう。


「平気か?」
「はい、大丈夫です。…あの」
「ん?」
「失礼だったらすみません。さんは日本人ですか?」


 何を聞かれるかと思ったら、そんなことか。は拍子抜けして、思わず吹き出してしまった。それに目を丸くしたのはアレンで、は即座に謝ろうと思ったのだが込み上げる笑いが止まらない。取り敢えず切れ切れではあるが謝って、治まるまで笑わせてもらうことにした。
 暫くしてようやく笑いが治まると、笑いすぎたらしく多大な疲労感がを襲った。


「っはー…やべ、笑い疲れた…」
「だ、大丈夫ですか…?」


 ぐったりとするに、今度はアレンが心配そうに声をかける。先とはまるで正反対だ。何故笑われたのか分かってすらいないだろうに、この少年は容姿が整っているどころが優しくもあるらしい。は謝罪の意味を込めてふんわりと微笑んだ。


「ヘーキヘーキ。…ごめんな、笑って」


 そう言うが、アレンはぽかんとしてを穴が開くほど見つめるだけで、返事はない。


「…アレン?」
「あ、すみません!」


 不思議に思って名前を呼びながら覗き込むと、アレンは真っ赤になって慌てた。いや、いいけど。そう言えば彼は、照れくさそうに笑う。
 自ら距離を縮めたことで改めて思うのは、彼の容姿が本当に整っているということと、寝ている時に比べて起きている時はぐんと大人っぽくなるということだ。しかし今のように笑ったり慌てたりすると、年相応に見える。
 一体彼の何処が、神に愛される所以となったのだろう。イノセンスが生かそうとする彼に、は興味を抱かずにはいられなかった。しかしそれは、彼と接することで後々分かる筈。今は彼の質問に答えることが先だ。


「確かに俺は日本人だけど。それがどうかしたか?」
「僕の知ってる日本人と大分印象が違かったので、不思議に思ったんです。やっぱり、日本人は冷たいって訳じゃないんですよね。すみません」


 申し訳なさそうに謝られたが、アレンが言っている日本人というのは十中八九神田のことだろうから、それは無理もない、とは苦笑いを浮かべた。
 同じ日本人であり年も近い神田とは、何かと連絡を取り合うことが多い。友人であるから見て、神田は性格が悪い訳ではない、と思う。しかし神田は口も悪く、言葉を取り繕うということを知らないため、周りに敵を作ってしまうのだ。アレンもきっとその1人なのだろう。
 そう言えば前に、珍しく神田から電話をしてきたことがあった。久し振りの日本語での会話の中で、たびたび出てきた"モヤシ"という言葉。物凄く気に入らないが、根性だけはある奴。神田はその"モヤシ"のことをそんな風に言っていた。もしかしたらアレンがその"モヤシ"なのかもしれない。


「…俺も冷たい奴かもよ?」


 折角日本人への考えを改めてくれたアレンに、ちょっとした悪戯心でそう言ってみれば、彼はきょとんとして、それからまさか、と笑った。


「僕にはさんが冷たい人だとは思えません。さっき、僕が起き上がる時に手を貸してくれたでしょう?」


 だから、さんは良い人ですよ。綺麗な顔で綺麗に笑い、飄々とそう言い除けたアレンに。は思わず、心の中で蝋花に謝ってしまった。






(君の人を見る目は正しかったよ)





( 2006/04/02 )