「ほら」


 コンビニから出て、買ったばかりのペットボトルを渡される。青峰が買ってくれたものだ。


「ありがと」


 受け取って、ふたつの意味で礼を言う。それに対して返事は返ってこないけど、照れているんだろうと気にしないことにする。


「機嫌悪かったの?」
「…ムカつく奴らがいたんだよ。つーか思い出させんな。せっかく忘れてたのによ」
「……ごめん」


 そう言われたら、それ以外何も返せない。部活も邪魔してしまって、一緒に帰ろうって誘ったことは、青峰には迷惑だったのかもしれない。


「…バーカ」
「わっ」


 そんな声がしたと思ったら、頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。乱れた髪を直しながら睨んだのに、青峰はこっちを向いてもいない。むっとして俺も視線を逸らすと、手の中のペットボトルが視界に入った。
 自分で買うつもりでレジに並んでいたら、青峰が俺の手から取って、奢ってやる、と空いたレジで会計してくれたもの。いつもはこんなことしないから、何でだろう、と不思議だった。
 奢ってくれた理由と、イヤなことを忘れられていた理由。それがもし、今俺の頭に浮かんでいる理由だったとしたら。
 顔を上げて、じいっと青峰の横顔を見つめる。視線は感じているはずなのに、どうやったって交わらない視線は、青峰が意図的に視線を合わさないようにしているとしか思えない。それがおかしくて、思わず笑みが零れる。
 俺が笑ったことに気付いたのか、青峰はようやく俺をちらりと横目で見て、持っていた缶コーヒーを一気に呷った。


「…帰んぞ、


 夕焼けを背にして立った青峰の顔は、暗くてよく見えない。でも手が差し出されたのは分かって、その手をしっかり握って立ち上がる。


「うん」


 そのまま手を繋いで帰ることができるわけもなく、その代わりに肩を並べて、帰路に着く。
 一緒に帰るといっても、俺の家と青峰が住んでいる寮は逆方向にある。だから大体コンビニかどこかに寄って、青峰が俺の家まで送ってくれるのが定番になりつつあった。今日も青峰が向かったのは俺の家の方だから、送ってくれるつもりらしい。


「…つーかさっき、何でさつきと一緒にいたんだよ」
「一緒にいたっていうか…体育館覗いたら、さつきちゃんが俺に気付いてくれただけだよ」
「それだけじゃねえだろ」
「う……青峰の機嫌が悪いから、直してほしいって言われた」
「……ふーん」


 余計なことを、って文句言われるかと思ったのに、青峰はそう呟いて、ふっと笑った。


「…たまにはさつきも良いことすんな」


 青峰が笑ったことと、良いことって言ったその言葉に驚いた。それから、じわじわと嬉しいような泣きたいような複雑な感情が込み上げる。そんな俺に気付いた青峰は、さっきみたいにまた俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。


「だから、バカっつったろ」
「…バカじゃわかんないよ…」


 …よくよく考えたら青峰の性格上、俺が誘ったことが迷惑だったとしたら、こうやって送ってくれることはもちろん、一緒に帰ってすらくれなかったはずで。俺はさつきちゃんが言ってくれた「くんなら大丈夫だよ!」という言葉を信じられなかったけど……幼馴染であるさつきちゃんの方が、青峰のことを分かっていたみたいだ。
 泣きそうなのを誤魔化すために憎まれ口を叩いた俺に、青峰はう、と言葉を詰まらせて。それから視線を彷徨わせた後、本当に小さな声で、ありがとな、と呟いた。

contrary

( 2013/03/17 )