絶妙COMBINATION

「あんたが?」


 …なんか最近、こういうことばっかりのような気がする。女の子に囲まれるんならまだ良いのに、どうしてこうもむさくるしい男二人に道を塞がれなきゃならないわけ?
 目の前に並んだ顔は、揃いも揃って学校中に名を馳せている奴らだった。しかも確かこいつらって、伊達政宗とつるんでるんじゃなかったっけ。あのグループはかっこいいだのステキだの、女の子たちにきゃーきゃー言われてるから、嫌でも目につくんだよな…。


「そうだけど、なに」


 昨日のこともあって、言い方がどうしてもきつくなってしまう。もう十分変なことに巻き込まれてるんだから、これ以上妙なことには関わりたくない。それなのに相手はさすがあの伊達政宗の友達なだけあって、飄々とした態度を崩さなかった。


「へぇ、政宗が好きそうな顔じゃねぇか。あいつ、振りとか言っといて意外とマジなんじゃねーの?」
「さーどうだろねぇ。伊達の旦那は気まぐれだから」


 いやいやいや、俺の前でその会話ってどうかと思うんだけど!
 …ん?や、待てよ。振りか本気かっていう談義をしている間に、俺、逃げればいいんじゃあ…。


「すみません、俺急いでるんで」


 それはもちろん真っ赤な嘘。でも急いでこの場から逃げ出したいという意味では本気も本気だ。
 言うと同時にくるりと踵を返すと、にっこりと笑った迷彩柄のTシャツを着た男に素早く退路を奪われてしまった。前門の虎、後門の狼って、こういう状況のことを言うんだろうなー…。本当、誰か知らないけどうまいこと言ったよ。
 てか、今年は俺、実は厄年なんだろうか…。もう厄日とか、そういう単位じゃないよな、これ。


、ちょーっと俺たちとお話しない?」
「…授業…」


 多分、逃げられないだろうと思ってた。だからこんな風になるってことも予想してた。だけど素直に頷くのも何だか癪で、苦し紛れにそう呟いてみる。でもこうやって誘うくらいなんだから、こいつらが授業はサボるもの、と考えているのは目に見えた。


「んなもんサボるに決まってんだろ」


 狼が軽い調子でそう言った。ほらね、やっぱり。ここまで予想通りだと、いっそ断る気力すら湧かなくなる。俺、どんだけ弱いんだよ…。
 教室に戻ろうとする奴らの間をすり抜けて、自分の教室とはまったくの逆方向へ歩く。女の子たちの視線が痛い。別に俺を見てるわけじゃなくて、虎と狼(名前知らないから勝手に命名!)を見てるんだろうけど、その間に挟まれるようにして歩いてる俺としては、居た堪れないものがある。


「あっちーなぁ、今日。外出んのやめようぜ」
「情けないねぇ長さん。普段あんなに暑苦しいくせに」
「うっせー。も暑いのは嫌だよな?」
「え、あ、うん」


 狼に突然話の矛先を向けられて、咄嗟に頷いてしまった。…まぁ、暑いのは本当に苦手だからいいんだけど、どこに行こうとしてるんだろう。外って…屋上?


「それなら仕方ないか」


 ………なんだろ、こいつらって意外といい奴なわけ…?おれ、結構そういうギャップに弱い方なんだけど。やばい、絆されそう。
 って、この方向、もしかして昨日連れてかれた教室に向かってる?普段、あの教室でサボってんのかな。そう思っていると、虎ががらっとドアを開けたのは、やっぱり昨日の教室だった。


「まぁ入れよ、
「ここは長さんの家じゃないでしょーに」
「家みたいなもんだろうが」


 ふたりのやり取りにはテンポがあって、聞いていて面白い。おもわず笑ってしまうと、虎の方がどこか意外そうな顔をした。


「…?なに?」
って笑うんだ」
「は?何言ってんのお前」


 この広い世界だ。にこりともしない人間はそりゃいるだろうけど、俺はそんな珍しい人間なんかじゃないし、楽しければ笑うに決まってる。そう意味を込めたつもりだったけど、何か考え込んだようにしている虎には、伝わらなかったかもしれない。


「佐助は放っといて座れよ」


 そう言う狼はいつの間にか座っている。イスあんのに、何で机の上にあぐら…?
 俺は二人と少し距離を取って、窓際の席に座った。今日は暑いけど、風が差し込んで気持ちいい。こういう時は、サボって正解だったと思う。


「それで話って?」
「分かってんだろ、政宗とのことだよ」


 ああ、まぁ、うん、そりゃあ分かってたけどね…。


「言っておくけど、話せるようなことは何もないよ」


 キスはされたけど、そんなこと聞かれないうちから話すようなものじゃない。もしかしたら伊達が話してるかもしれないけど、狼が聞きたいことはそんなことじゃなかったようで、違ぇよ、と首を横に振った。


「お前、政宗のことも俺らのこともろくに知らねぇだろ。それなのに何で、あいつの誘いを受けたんだ?」


 鋭い瞳が、俺を捉える。少しでも嘘を吐けば牙を向かれそうだ。伊達政宗と同じ雰囲気。俺はこの雰囲気に逆らえず、あいつの誘いに乗ったんだ。


「…断ったら何されるか分かんなかったからだよ」


 この理由を偽る必要なんてないと思いつつも、やっぱりどこか情けなくて、もごもごと小さな声になってしまう。そんな俺に狼はぱちくりと目を瞬かせて、それから噴き出すように笑い出した。……うん、なんかもう失礼通り越して清々しいわ。


「え、なになに、どーしたの?」
「………」


 虎は笑い続ける狼じゃなく、俺に答えを求めている。だけど何て説明すればいいのか分からないし、そもそももっかい自分の情けなさを暴露するなんて絶対に嫌だ。だから悪いけど、無視を決め込む。
 俺から答えを聞き出すことを諦めた虎は、盛大に溜息を吐いて狼に蹴りを入れた。…軽い動作だったけど、何かすっげー痛そうな音がしたのは気のせいだろうか。


「痛ェな!何しやがる佐助!」
「俺様抜きで楽しんでる長さんが悪い」


 お、俺様…?虎ってそういう性格なわけ?似合うっちゃー似合うけど、何か違和感が…。それに狼は狼で、蹴りを入れられたにも関わらず、やり返そうとはしないでぶつぶつ文句を言っているだけ。外見からすれば、ここで大乱闘に発展してもおかしくないのに、めちゃくちゃ意外だ。


「でも、楽しそうってことは、は合格ってわけね」
「合格?」


 …もしかしてこの二人、俺が伊達政宗の恋人役に相応しいかどうかを見てたんだろうか。


「まぁまぁ、そう怒るなって


 知らず眉間に皺を寄せていたらしい。狼は苦笑いでそう言って、俺の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
 …何か、狼は図体もでかいせいもあるんだろうけど、こういうことされると俺より年上っぽく見える。近付いてみると雰囲気も柔らかいし、きっと年下に慕われるタイプなんだろうな。
 そう考えると、合格か否かを見られていたことも、どうでもよくなった。二人は伊達政宗を思ってこんな行動に出たんだろうし、しかも俺は合格らしいし。何の問題もないじゃんか。


「怒ってねーよ」
「そうか?なら良かった」


 どこか安心したようにそう言う狼。…あー、つーか、もしかしたら怒られんの俺の方かも。心ん中でならまだしも、本人に向かってまさか狼とか虎とは呼びかけられないし。本名聞くしかないんだけど、…なんつーか今更って感じで気まずい。
 ………や、待てよ?こいつら確か、互いのことを長さんとか佐助とか呼んでたよな。ってことは、虎は佐助って名前で、狼は……長さんって何から来てんだよ…。せっかく良い感じだと思ったのに、早速断念せずを得なくてがっかりする。


「俺、猿飛佐助」
「俺は長曾我部元親っつーんだ。よろしくな、
「え…」


 やっべ俺、声に出してた!?一瞬そう思って本気でビビったけど、2人を見ているとどうもそうじゃないらしい。(だって怒ってないし)


「あんた、他人に興味なさそうだから。絶対俺様のことも知らないだろうなーって思ったわけよ」
「本当は一番最初に名乗るべきなんだけどな」
「…悪ィ、すげー助かる。えーと、猿飛と……ちょうそがべ?」


 猿飛も珍しいけど、ちょうそがべなんて聞いたことない。どんな字を書くんだろう。首を傾げると、狼はぽりぽりと頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。


「あー、いいいい。呼びにくいだろ、それじゃ。政宗や佐助みたいに元親でも長さんでも、好きなように呼べよ」
「………」


 …やばいこの人。なんだろう、おれ、すごく好きかもしれない。恋愛とかそういうんじゃねーけど、こう、ピンチん時とか頼りになりそう。さっきは年下に慕われるタイプかもって思ったけど、多分違う。狼は色んな世代に人気があるタイプだ、きっと。
 思わずほーっと関心していたせいで、狼をじっと見つめてしまっていた。むしろ見つめるどころか凝視に近かったようで、狼は眉間に皺を寄せた。


?」
「あ、や、ごめん。なんでもない。…そーだな、じゃあ長さんて呼ぼうかな。もう耳に馴染んだし」
「おう」
「俺のことは佐助って呼んでね」
「うん、分かった」


 狼こと長さんと、虎こと佐助と。出会ったきっかけは伊達政宗とまったく一緒だったけれど、ふたりの持つ雰囲気はあいつとはまったく違うもので、このふたりとならうまくやれそうだと思った。…それに、この2人が仲良くしている伊達政宗だって、もしかしたらそんなに悪い奴じゃないのかもしれないしな。





( 2007/12/11 )