優しい手付きで厳しく甘く







「っ、ディーノ、痛い」
「………」


 キツく巻かれた包帯のせいで、忘れかけていた痛みを思い出した。そんな俺の声に、ケガの手当てをするためにソファに座った俺の足元に跪いているディーノが顔を上げた。けれど返事は返ってこない。そしてまた、俺の足に視線を戻されてしまった。視線の先には包帯があったけれど、きっとディーノは包帯に隠れた傷を見ているんだろう。
 血に塗れた俺の姿を見た時から、ずっとディーノの様子がおかしい。報告のためディーノを訪れて、最初は絶句していた表情がどんどんなくなっていった時には、まずいことをしたと後悔した。せめて、服ぐらいは着替えてからディーノの元に行った方が良かったかもしれない。だけど任務を無事に終えた証として、報告は真っ先にしなければならないのが規則だし。俺は、どうすればよかったんだろう。
 血に塗れた、と言っても、大半は俺の血ではなく相手の血だった。けれどスーツの脹脛辺りに滲んでいた血は、間違いなく返り血ではなく、内側からのものだとディーノは気付いてしまった。ケガの報告はしないつもりだったから、やっぱりここでも着替えれば良かったと後悔したのは言うまでもない。
 我らがボスにケガの手当てをさせてしまうなんて、何たる失態だ。「そんなことできるのはくらいだな」、なんてロマーリオは笑って言っていたけれど、俺が望んだ訳じゃない。でもまあ、確かに俺ぐらいだとは思う。
 なんて色々考えて沈黙から逃げていたけれど、いい加減、耐えられなくなってきた。


「……ディーノ、」
「………」
「何か言えよ」


 せっかく同じ空間にいるのに、無視されているようで嫌だ。俺の足に触れていた手は、確かに暖かかったのに。こんなの、ディーノらしくない。


「ケガしたのは悪かった。それなら謝るから」
「…そんなんじゃねぇよ。ケガしないで帰って来いなんて、そんな無茶は言わない」


 だったら何だと言うんだ。そう思う反面、久し振りに聞いたディーノの声に安堵した。俺が帰ってきてから全く声を発していなかった訳じゃないけれど、それはロマーリオに向けられたものだったり、他の奴にだったり、相手は俺ではなかったから。


「オレが気付かなかったら、言わないつもりだったんじゃないのか」


 気付かれていた。少しだけ表情を引き攣らせた俺を、ディーノの鋭い瞳が捉える。


「……言う必要はないと思った」
「任務中に起きたことは、全て報告する義務がある。相手の状態や死因だけじゃなく、、お前の状態もだ」
「…ごめん」


 叱るような口調に神妙に謝罪を返せば、ディーノは小さく息を吐いて立ち上がった。
 俺に呆れて、どこかへ行ってしまうんじゃないかと思った。縋るように視線で追えば、ディーノはそれ以上動こうとはせず、じっと俺を見つめている。そして徐に伸ばされた手が俺の頭を撫で、瞳が、柔らかく細められた。


「でも、無事で良かった」
「…ディーノ」
「心配させんな。オレにはが必要なんだからな」


 その言葉に不覚にも泣きそうになって、だけどそれを気付かれたくなかったから、俺は目の前の体に抱き着いて誤魔化した。






( 2006/12/29 )