「やっぱり此処にいた」 不意に聞こえてきたどこか嬉しそうな声は無視して、ガリを小皿に盛る。隣に誰か座った気配がしたけど敢えて見ない。 「まぐろ一枚」 「あいよ」 ネタを頼むとデニスの無愛想な返事が返ってきて、すぐにネタを手渡された。軽く醤油につけて、口に運ぼうとすると 「いただきます」 隣の奴に腕を引き寄せられ、あっと思った瞬間まぐろは奴の口に吸い込まれていた。 「ん、うまい」 「臨也!」 「ふふ、ようやく俺を見た」 せっかく無視してたのに、臨也にうまい具合に踊らされてしまったことに気付く。む、と眉をしかめて、もう一貫のまぐろを食われる前に口に押し込んだ。 「……お前、何で此処にいるわけ?静雄に殺されるよ」 視線を合わせないまま問い掛ける。 「に会いに来たに決まってるじゃないか」 「…俺を通して静雄に嫌がらせするのやめてくれる?」 「そんな無謀なことしないよ。大体、元々は俺の知り合いだったのに、何でシズちゃんを気にしなきゃいけないのかなぁ」 「俺が静雄を怒らせたくないからに決まってんだろ」 臨也の言うとおり臨也と俺は中学から一緒で、高校で出会った静雄よりも付き合いは長い。けれどだからと言って仲が良かったわけじゃなく、こうして話すようになったのは静雄と交流を持つようになってから。つまり臨也はそれまで俺に対して何の興味も持ってなかったけれど、俺が静雄という臨也の天敵と親しくなったことで、俺に接触してきたのだ。 それからはこのとおり。何かと俺の居場所を突き止めては顔を出して、ちょっかいをかけてくる。 「本当に君はシズちゃん大好きだよね」 「好きだよ」 「その愛情を俺に向けてくれてもいいと思うんだけど?」 「そんなこと言って、もし俺が静雄より臨也を好きになったとしたらお前は俺から興味無くすんだろ」 その光景がありありと見える。最も、静雄より臨也を好きになるなんて有り得ないけれど。 「まぐろ、もう一枚」 「…俺、のそういうとこ凄く好き」 さっきの答えの何が気に入ったのか、皿を受け取りながら臨也を見ると、臨也は俺の方を見てにんまりと微笑んでいた。思わず溜め息が漏れる。盗み見た時計は、もうすぐ約束の時間を差そうとしていた。 「…臨也、お前本当帰った方いいよ。もうすぐ静雄が来る」 「そんなにシズちゃんを怒らせたくない?」 「怒らせたくないし、臨也が殴られるのも見たくない。…一応、友達だし」 「………」 「だから早く、」 帰れ、と言おうとした瞬間。 「っ……臨也!」 唇を掠めた熱に、かあっと頭に血が昇る。こんなところを静雄に見られたら、それこそどんなことになるか分かったもんじゃない。慌てて静雄の姿を探して入り口に視線を向けた俺に臨也は笑って、気付けば来た時と同じように颯爽と消えていた。 「…くそ、バカ臨也…」 せっかく人が気を許した時にこれだ。次からは絶対に油断しないようにしないと…。 ぐい、と唇を拭って、すっかり冷めたお茶を煽る。ふと視線を感じてそっちを見やると、デニスが哀れむような目で俺を見ていた。それに驚いて、危なくお茶を吹き出すところだった。 「い、今の、見て…っ」 「…他の客は見ていないようだぞ」 それはつまり、デニスには見られていたということ。かぁっと羞恥に顔を染める俺の前に、ことりと皿が置かれる。さっきまで俺が食べていたまぐろより、明らかに格上のネタ。 「それ食って元気出すんだな」 「…ありがと…」 ふう、と溜め息を吐いて、寿司を口にする。美味しいけど、まだちょっと足りない。…やっぱり、静雄じゃなきゃだめだ。 「早く来ないかな…」 いっそ帰れと言わず、一発でも二発でも殴ってもらえばよかった。でも今回のことは、俺が殴らないと気が済まないかもしれない。今度会ったら思いっきり殴ってやろうと思いながら拳を固めた。 命がけのシークレット 「しかめっ面してどうしたんだ?寿司食ってんのに珍しいな」「静雄〜」(ぎゅう、) 「?…本当に何かあったのか?」 「ううん、何にも。…静雄のこと大好きだなあと思って」 「―――そうか」
( 2010/04/04 )
(臨也はまだラブかライクかをさ迷ってるくらいの感情で!) |