ビルのすきま風が頬を撫でる。見下ろす足元では忙しく人が行き交っていて、その中にバーテン服を見つけて臨也は眉を顰めた。
 誰にも愛されないし誰も愛さないと言う彼は、あのどこにでもいるような平凡な、けれど酷く聡明で優しいの愛情を一身に受けている。それも、高校の時からずっと。今までそれを不思議に思えど、それ以上の感情を抱いたことはない。
 けれど。
 は友達と言った。新宿の情報屋で、他人の弱味を蜜の味とするような臨也のことを、友達、と。
 瞬間、抱く感情はがらりと変わってしまった。自分でもいまだに信じられない感情だ。あの喧嘩人形を羨ましいと思う日が来るとは。
 元々は、静雄を好きで仕方がないと豪語するような男だ。確かに平凡ではあるが、好みだけは普通とは言えないのは重々理解していた。だからこそその愛情を俺に向けてくれても、と言ってみたのだが―――まさかあそこで、あんな答えが返ってくるとは想像もしなかった。


『そんなこと言って、もし俺が静雄より臨也を好きになったとしたらお前は俺から興味無くすんだろ』


 臨也が嬉しくて仕方なかったのは、きっとそのとおりだったからだ。少し口説いて簡単に靡くようなら最初から口説いたりしない。そんなのは面白くも何とも無い。が静雄と親しくなってから気にかけるようになったのは、が臨也に靡くことはまず有り得ないと分かっていたからに他ならない。それは高校から程よい距離を置いて彼らを見てきたから、よく分かっている。
 それと同じように、 はなかなかよく臨也のことを分かっているらしい。それを感じて嬉しくなった直後に友達なんて言われては、キスしたくなるのは当たり前だった。
 真っ赤になったは可愛くて、静雄の恋人にしておくのはもったいないと思った。久しぶりに、静雄を本気で殺したいと思うくらいには。


(…ああもう、厄介だな、これは…)


 思いがけない方向に傾きかけている自分の感情に気付いて、臨也は長く溜息を吐く。その感情が不快でないのも、厄介なことこの上なかった。

トラブルメーカー

( 2010/04/04 )