「臨也、俺のために死んで」 今にも泣き出しそうに歪んだ顔。…否、違う、か。目尻に光るものがあるからもう泣いているんだ。 物騒なことを言ってくるわりに、の手には何も握られていない。まさか虫も殺せないようなその手で、俺の首を絞めるつもりなんだろうか。それとも今一緒に飲んでいるコーヒーに毒物でも混入した?それこそまさかの話だ。此処は俺の家で、コーヒーだって俺が入れた。それから席も立っていない。俺がを殺すのならまだしも、が俺を殺せる要素はこれっぽっちも存在しない。俺にさえ探れないほど、が優秀な殺し屋だったりしない限り。 「面白い話だね。理由を聞いてもいいかい?」 シズちゃんのために死んでというならまだわかる。けれどのために死んでとはどういう意味だ? 興味をそそられて笑みさえ浮かべながら問い掛けると、は視覚的にもよくわかったほどぶわりと涙を溢れさせて、大きな玉になったそれをぼろぼろっと零した。さすがの俺もぎょっとする。のこんな姿、初めて見た。 「え、えりかちゃんが、」 「えりかちゃん?…ああ、狩沢?」 「静雄は臨也のことを好きだって…っ」 あんな反応をされて真剣な話だと思っていただけに、口にされた理由に思い切り顔が歪んだ。 自身は真剣なんだろう。しかも切実だ。結局のところシズちゃんが絡んでいるところも、らしいというかとても納得がいく。 けれど、その誤解はいただけない。 「…君は馬鹿?じゃなかったら阿呆なのかな」 こんなことを言い出したのがじゃなかったら、あらゆる手を使って存在を抹消しているところだ。狩沢は…見逃してやるか。こんな可愛いが見られたことだし。 「だってお前、顔だけは綺麗だし」 「顔だけはって」 「静雄だって、臨也には何だかんだで執着してるし」 「あれは俺を殺したいだけでしょ」 は本気で言っているんだろうか。シズちゃんには俺なんかよりよっぽど執着している存在がいる。もちろん、のことだ。 「俺だって、シズちゃんは大嫌いだしね」 「そんなこと分かってるよ」 だったらあんな風に不愉快なことを言わないでくれないかな…。 「あんな風に言われること自体嫌なんだよ。何で俺じゃなくて臨也なわけ?」 そこでようやく事態が飲み込めた。つまりはシズちゃんの気持ちが俺にあるわけがないのをよく理解していて、その上でこんなことを言い出したわけだ。…完全な八つ当たりじゃないか。 第一、狩沢だってとシズちゃんの関係は知っているはず。それであんなことを言ったというなら、それはどう考えたってをからかうためとしか思えない。今はこんなんだけど、直後の反応はさぞや見物だったことだろう。できるなら俺もその場に同席したかった。 「だからって泣くこと?」 「…ムカつきすぎてとまんない」 ず、と鼻を啜って、言うだけ言ってすっきりしたのか大分落ち着いたが答える。は感情が高まると泣くタイプなのか。覚えておこう。 「本当、君のシズちゃん好きは嫌になるよ」 俺をも翻弄してしまうほどの感情は、純愛というには激しすぎて、狂愛というには優しすぎる。その感情を向けられたら…一体、どんな気分なんだろう。 「…悪い?」 「悪くないよ。それが俺に向けられていればもっと良かったけど」 「最近そればっかり聞いてる気がするけど、臨也、愛に飢えてんの?」 涙を止めたは、ふはっと笑った。きっとはそのことには思い当たっても、その愛を求める対象がひとりだけということには絶対に気付かないんだろう。中々に残酷な男だ。 「そうだね。俺はこんなに愛しているのに、どうして同じだけの愛を返してくれないのかな」 ――――君は。 俺の言葉に不思議そうに首を傾げる、まるで他人事のような姿を見ていたら何だか腹が立ってきて、その額にでこぴんをお見舞いする。 「いたっ」 「そんなに痛かった?」 「死んでって言って悪かったけど、でこぴんすることなくない?」 はどうやらでこぴんされた理由を履き違えているようだ。死ねとか殺すって言われることは俺には日常茶飯事で(しかも言ってくるのはの恋人がほとんどだ)、今更気にするようなことでもないんだけど。はそれを言葉にしたことすら後悔してしまうほどやさしい。俺からすれば、それは愚かで……少し、眩しくもある。 誤解しているのならそれでいい。敢えて訂正するようなことでもない。けれどそれだけじゃつまらないから、本音を混ぜて、ひとつの提案をする。 「いっそ俺はが好きだって言いふらそうか?そしたら狩沢の中で面白い三角関係が出来上がるよ」 「本気でやめて」 言葉どおり、本気で嫌そうな顔。 それに俺がすこしだけ…そう、ほんの少しだけ。寂しく、切なく思うなんて、きっとシズちゃんしか見えていない君は考えもしないんだろう? 枯渇した愛をその涙は潤してくれない
( 2010/04/04 )
(臨也が贋物注意報発令中) |