名前を呼んで、振り返った後。俺の姿を認めて、嬉しそうに目を細める、その瞬間が最高に好きだ。こいつの一番は俺なんだって、実感させてくれる。
 なのに今日は、微笑むどころか完全に顰めっ面だった。来たばかりではないだろうに、積み重ねられている皿の数もいつもより少ない。


「顰めっ面してどうしたんだ?寿司食ってんのに珍しいな」
「静雄〜」


 隣に座ろうとした俺に、がぎゅうっと抱き着いてくる。こういうのは珍しくも何ともないが、笑顔じゃないのは久し振りだった。


?…本当に何かあったのか?」


 細く柔らかな髪を撫でて問い掛けると、ゆるゆると頭が横に振られる。


「ううん、何にも。…静雄のこと大好きだなあと思って」
「―――そうか」


 大好き、という言葉に誤魔化されたわけじゃない。だけどいつもは何でも俺に話してくれるが隠そうとするなら、それをムリに聞き出そうとは思えなかった。


「来たばっかで悪いけど、場所移動してもいい?」
「俺は構わねぇけど、お前いいのか?ほとんど食ってねぇじゃねえか」


 好きなもの、と聞かれたら、2番目に寿司だと答えるくらい好きなはずなのに、はこくりと頷いた。なら此処に長居する必要はない。
 会計するから、と言うより先に店を出て、タバコに火をつける。考えるのはもちろんのことだ。いっつもにこにこしてるような奴だから、あんな顔されるとやっぱり気になる。無理やり聞き出そうとは思わねぇけど…心配くらいしたって罰は当たんねぇだろ。


「お待たせ」


 入り口に背中を向けてタバコを吸っていた俺の背に、ぽすんと押し付けられたのは多分頭。


「何処行く?俺んち来るか?」


 振り向くと、がどこかぼうっとした顔で俺を見ていた。


「なん――」


 放った言葉がの唇に吸い込まれる。触れるだけの軽いキス。幸い此処は路地裏だ。酔っ払いの姿も少なくなった時間帯、人の姿はまったくない。誰かが騒ぐ心配もないから、されるがままになっておく。


「…静雄の味がする」


 離れて開口一番そう言ったは、安心したように、ようやく今日はじめての笑顔を見せた。さっきまでの落ち込みは、どうやら少しはマシになったらしい。それに俺もほっとする。


「なぁ、一瞬でいいから抱き締めてくれない?」
「わかった」


 タバコを足で踏み潰して、言われるがままに抱き締める。だけど一瞬なんかじゃ離してやらない。ついでのように、何回かキスもした。からしてきたようなバードキスじゃなく、しっかり舌まで絡めて。


「…一瞬でいいって言ったのに」


 すっかり息が上がって真っ赤になったは、まるで社交辞令のように俺を睨み付けた後、嬉しそうに笑った。…やっぱりこいつは、笑っている顔の方がよく似合う。

傍にいて、抱き締めて

( 2010/05/11 )