「……くそ、どうすっかな…」 今日は朝から雨マークだったんだろうか。土砂降りの雨を見て、天気予報を見ないで家を出てきたことを今更ながら後悔する。その辺の傘を持って帰ると、持ち主が困るだろうしなあ…。持ってこなかった俺が悪いんだし、やっぱり濡れて帰るしかないよな。 「静雄!」 そう思って一歩踏み出した時、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。此処で俺をこんな風に気安く呼ぶのは二人しかいない。もちろんと新羅だ。ノミ蟲野郎もいるがあいつは気安いというより嫌味ったらしくシズちゃんと呼ぶからすぐに分かる。それに、声を聞くだけで腸が煮え繰り返りそうになるあいつとは違って、今の声は柔らかくて、すっと気が休まるようなものだった。こんな声は、にしか出せない。 振り向くと、が下駄箱で上靴を履き替えているところだった。俺が振り向いたことに気付いて、ぶんぶんと手を振ってくる。 「今帰り?一緒に帰っていい?」 「ああ。…なあ、お前傘持ってるか?俺、持ってねぇんだよ」 「じゃあ相合傘して帰ろっか」 靴を履き替えたは傘立てから自分の傘を抜き取ると、どこか照れたように笑みを浮かべた。自分で相合傘と言っておいて、恥ずかしくなったらしい。…でも、相合傘か。そんな風に照れられると、伝染して俺まで気恥ずかしくなってくる。 外に出る前にぽんと開いて俺に差し掛けて来た傘を、の手から受け取る。きょとんとしているところを見ると自分が持つ気満々だったらしくて、そんなに笑みが浮かんだ。 「俺が持つ」 「え、でも」 「俺の方が背ェ高いんだし、こっちのがいいだろ」 180を優に超える俺と、180未満の。だったらどっちが持った方がいいかなんて一目瞭然だ。しばらく俺を見上げていたは、それもそうか、とようやく頷いた。 「なら、お願いしようかな」 「おー」 しばらく雨の中を二人で歩いていると、前方に見慣れた姿が見えた。傘を差したままぼーっと突っ立っているのは、俺を気安く呼べるもう一人の方だ。道路を見ているようだが、傍から見ると不審以外の何物でもない。 「新羅、何やってんの?」 あんまり近付きたくなかった俺と違って、はそんな不審者にも気軽に声をかけた。こいつのこういうところは好きだけど、たまにすごく心配になる。…変な奴に引っかかるんじゃねえか、とか。らしくねぇって分かってるけど、それだけは無防備だ。 「ああ、か。いやさ、今そこをセ…おっと、黒バイクが走っていったものだから、思わず見惚れてしまってね」 見惚れて?…新羅の変態っぷりは有名だが、黒バイクに見惚れるってどうなんだ…?でもそれにもは「へえ」と返すだけで、俺が気にしすぎなんだろうかと逆に不安になる。 「…?…!?ちょ、何で相合傘!?」 ぼーっとしていた新羅は、の隣に俺がいたことに今気付いたらしい。大きく目を見開いて、相合傘に過剰反応して見せる。 「何でも何も、傘ねえんだから仕方ねえだろ」 「いいなあ、僕もいつか相合傘したいなあ…!たちのおかげでまた夢が1つ増えたよ、ありがとう!!」 俺たちはただ単に傘を差していただけなのに、新羅は酷く感激した様子での両手を握った。何の下心もないとは言え俺以外の奴がに触れているのが気に入らなくて、強引にを引き寄せる。案の定新羅の手はすぐに離れたが、どこか違う世界へ行ってしまったかのようにだらしない笑みを浮かべる新羅からは文句も飛んでこなかった。 そんな新羅を放っておいてを見ると、肩が大分濡れていた。いつまでもここに立ち止まっていると風邪を引いてしまうかもしれない。いつまでも新羅に構ってらんねえ。 「じゃあ新羅、俺ら帰るからよ」 「うん、また明日!」 「気を付けて帰れよー?」 浮き足立つ新羅にがそう声をかけると、気持ち悪いくらいの満面の笑顔で手を振ってきた。相合傘がそんなに羨ましかったのか…?あいつ、好きな奴はいるみたいだからな。絶対その相手と相合傘をしている姿を妄想しているに違いない。 「…新羅、大丈夫かな?」 「大丈夫だろ。それよりこっからだとんちのが近いんだよな…。そっち寄るから、傘貸してもらっていいか?」 「あ、うん。でも夜には止むみたいだから、俺んちでゆっくりしてけば?」 「いいのか?」 「むしろそうしてほしいくらいだし」 …無自覚なのか、誘っているのか。の場合、どちらとも取れるが多分前者なんだろう。だから質が悪い。 にこりと笑うを見ていられなくて、熱が集まりそうな顔をぱっと背ける。 「静雄?」 「こっち見んな」 「…もしかして照れてる?」 「うるせぇ」 覗き込もうとするを振り切るために、歩くスピードを少し速める。濡れないように慌てて小走りで追いついたはもう俺を覗き込もうとはしなかったが、家に着くまで隣でずっと嬉しそうに笑っていた。 Under the umbrella
( 2010/06/26 )
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