◇street◇
「待ちやがれコラァァァア!!」 「やーだねー!!」 鬼のような形相で追い駆ける静雄と、笑いながら逃げる臨也。高校の頃から繰り広げられるやり取りに、よくもまあ飽きもせずに続けられるものだといっそ感心してしまう。 「やぁ、これからシズちゃんとデート?」 「違う、デート中。だから早くどっか行って静雄返してくれない?」 静雄のシェイクを飲みながら見物していた俺に、飛んできた標識を避けながら臨也が話しかけてくる。顔は余裕そうな表情を浮かべているけど、額には汗が浮かんでいて必死なのが窺える。そりゃあそうだ。静雄相手に余裕綽々でいられるほど、臨也は屈強な肉体を持っていない。 臨也の姿さえ見えなくなれば静雄もきっと諦めるはずだからそう言ったのに、臨也はまるでそれを望んでいないかのように、にんまりと笑みを深めた。 「あはは、じゃあもうちょっと借りてようかなあ!」 …ああ、失敗した。本当のことなんて言わなければ良かった。もっとも、ただここに居合わせただけだと言ったところで、騙されるような臨也ではないと知っているけれど。 「てめぇ臨也!に話しかけんじゃねぇ!!」 俺と話している臨也の姿を見て、更に逆上する静雄。必死な中でも余裕な振りをした臨也の行動が、静雄の神経を逆撫でするためのものだと気付いて溜め息を吐く。 ぐんとスピードを上げた静雄にさすがにやばいと思ったのか、臨也は「じゃあね」と俺に手を振ると、得意のパルクールであっという間に姿を消した。残ったのは額に青筋を浮かべた静雄と、怖いもの見たさで静雄や臨也と話していた俺を見る周りの目だけ。けれどそれも、静雄が一睨みすると一瞬で霧散した。 「あんのノミ蟲野郎…。今度見つけたら絶対ぶち殺してやる」 ぶつぶつと物騒なことを呟きながら近付いてきた静雄の足が、俺の目の前で止まる。じいっと静雄を見つめると、さっきまで浮かんでいた青筋がきれいに消えて、申し訳なさそうに眉根が寄った。そんな姿を見ると、俺を放っておいて臨也と遊ぶなんて、と責めることも出来ない。元々怒ってなんていなかったから、責めるつもりなんてまったくなかったけれど。 ふたりのやり取りを見るのは、慣れてくれば楽しいのだ。ふたりとも並外れた運動神経を持っているから、はらはらするしどきどきもするけれど、それはある意味スポーツ観戦の時に抱くものと似ていると思う。でも怒らないで楽しむことが出来るのは、ふたりが怪我しなければの話。怪我したら心配するし怒りもする。今日はどっちも怪我ひとつないようだから、怒らない。それだけのことだ。 「おつかれさま」 だから俺は、にっこりと笑って汗だくの静雄をそう労う。 腰かけていたガードレールから立ち上がって、シェイクを静雄に返す。怒鳴り疲れた喉を潤すには適していないかもしれないけれど、何もないよりはマシだろう。ああでも臨也との鬼ごっこが終わるのを大分待っていたせいで、中身はほとんど飲んでしまったんだったっけ。けれど静雄はそれに気付かないで、俺が怒っていないことにほっとした様子を見せた。 …例え俺が怒っていたとしても、簡単に許してしまうんだろうなと思うのはこんなときだ。そんな俺に、は甘いよ、と新羅は言う。でも仕方ない。いつだって、惚れた方が負けなのだから。 「…いつも悪ィな、」 「うん?いいよ、これくらい。それより静雄、俺、おいしいものが食べたい」 「何が良いんだ?奢ってやるよ」 「ほんと?じゃあどうしようかな…」
( 2011/05/08 )
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