「…なんかふらふらする」 「いつもはほとんど飲まないからだろ?だから飲むなっつったのによ」 「うー…」 寿司屋から出たところでしゃがみ込む。吐き気と具合の悪さはないけど、視界がぐらぐら揺れて立っていられない。 仕事で嫌なことがあって、せっかく静雄といるのにアルコールに逃げてしまった。…と言っても、日本酒をコップで2杯飲んだ程度なんだけれど。静雄の言う通り、いつもは飲みに行ってもアルコールは最初の1杯くらいしか飲まないから、体が慣れていないんだと思う。おかげでこんな状態だ。 「ったく、仕方ねぇな…」 頭上から溜息が降ってきて、ぐい、と腕を引っ張られる。そのまま軽々と静雄は俺を背負って歩き出した。 …俺は具合悪いわけじゃないからいいけど、今の行動を普通の酔っ払いにやったら、十中八九背中で吐かれてたと思うんだけど…。 そんなこと全然考えもしていないような静雄にくすりと声を出さずに笑って、ありがたく背中に身を預ける。 「重い?」 「自販機に比べたら全然軽い」 「それもそうか」 一応俺を気遣ってくれているのか、静雄の歩調はいつもよりもゆったりとしていた。静雄の背中から見る世界は、何だかいつもと少し違って見える。それが単に目線の高さの違いなのか、酔っ払っているからなのか、それとも静雄の肩越しに見る世界だからなのか。ぼんやりした頭では、その理由もわからない。 不意に、この背中に甘えられるのは一体いつまでなんだろうと考えた。 俺と静雄の関係は、高2の時から今までの6年近く続いている。その理由はただひとつ。静雄に女の人が近付かないからだ。整った容姿も、本当は優しい性格も、遠巻きに見ていたら気付かない。乱暴なところばかりが目に付いて、本当の静雄は誰も知らない。 けれど最近、少しだけ変わってきたように思う。一体何があったのか、静雄の纏う雰囲気が柔らかくなって、店に来る客から聞く静雄の噂も、前のように悪いものばかりでなく良いものも混じるようになった。 それを聞く度に募る不安。俺はいつまで、静雄の隣にいられるんだろう。 静雄は優しいから、きっと好きな人ができても俺を簡単に捨てたりはしないだろう。だけど多分、俺にはそれが耐えられない。捨てるなら捨てるで、いっそ未練も残らないよう潔く捨ててほしい。それが、静雄が好かれることを喜んであげられない俺にはお似合いだ。 「静雄…」 「どうした?吐きそうか?」 「俺のこと、捨てないで」 ひくり、しゃくり上げる。アルコールは厄介だ。静雄に捨てられた未来を少し想像しただけで、こんなにも簡単に涙腺が緩んでしまう。 突然の言葉に静雄は足を止めて黙り込んだ。その沈黙に込み上げる恐怖。もしかしたらもう遅かったのだろうか。 「……」 「は、はい」 張り詰めた雰囲気に、畏まる俺。そんな体の緊張を解すように背負い直されて、ぽんぽん、と尻辺りを叩かれる。 「酒のせいで不安になってんのか?それとも……いつも、そんなこと考えてたのかよ」 「………」 答えない俺に、静雄は質問の答えを後者と取ったようだった。 「俺がお前のこと捨てるわけねぇだろ」 「本当?」 「信じろよ」 疑う俺に怒るわけでも、呆れるわけでもなく。ただ静かな声でそれだけ呟く静雄に、俺は自分の言葉が静雄を傷付けてしまったのだとようやく気付いた。 不器用で短気な静雄が、好きでもない奴とこんなに長期間一緒にいられるわけがない。それなのに俺は勝手に不安に押し潰されそうになって、そんなことすら忘れていた。俺がこうやって疑うことは静雄の気持ちを踏み躙るということだったのに。 「……疑ってごめん…」 涙を拭って、静雄に抱き着く力を強くする。俺の言葉に、静雄がほうっと息を吐いたのが分かった。今まで呼吸を忘れていたかのように、深く、長く。 「…謝んなよ。はいつも俺のこと好きだって言ってくれるのに、言葉で返さねぇ俺が悪ィんだからよ」 「静雄は悪くなんか、」 「そうやって、俺のこと甘やかしすぎだしな、お前は」 ふ、と笑う静雄に言葉が見つからなかった。黙り込む俺に何を思ったのか、静雄はぽつりぽつりと話しかけてくる。 「はもっと我侭言っていいんだ。俺はお前に言われたらどこにだって連れてってやるし、俺に出来ることなら何だってやってやる。どうしようもねえ俺に怒ったっていい。…不安ならいつでも駆け付けるし、いくらだって言葉や態度で示してやるからよ」 ああ俺は、夢でも見ているんだろうか。言葉にするのが苦手な静雄が、俺のために言葉を選んで、一生懸命伝えようとしてくれている。好きだと言われるよりもずっと気持ちが伝ってくるそれに、静雄は確かに俺を好きでいてくれているんだと実感して、また涙が溢れる。だってこれは夢じゃない。夢なんかじゃないと、伝わる温もりが教えてくれる。 ずっと一緒にいても、今まではどうしても静雄と一緒にいる未来を思い描けなかった。だけど静雄の言葉のおかげで、1年後も10年後も、静雄の隣にいて良いのだとようやく思える。 ありがとうと、静雄の耳元で嗚咽混じりに伝える。よく見れば静雄の耳は真っ赤に染まっていて、それが今は何よりも愛しかった。 ありふれた言葉よりもずっと
( 伝わってくる、あいしてる )
( 2011/05/15 ) |