自動喧嘩人形とまで呼ばれる静雄が、実は男と付き合っているということは意外に知られていない。男2人でつるむのは今や珍しいことでもなく、更によく一緒にいるのは恋人ではなく仕事仲間。静雄自身に女の影が見えないのも彼の噂を聞けば道理のことで、高校時代の静雄と恋人のことを知っている同窓生が口に出しさえしなければ、恋人の存在が明るみに出ることはなかったのである。
 ならばなぜ、同窓生はそのことを口に出そうとしないのか。その答えは簡単だ。静雄の男が恋人だと知っているということは、静雄の逆鱗がその恋人にあることも知っているということ。その逆鱗の話題に触れて、わざわざ静雄に殴られたいと思う者などいない。そして何よりも、情報屋であり誰よりも静雄を疎む折原臨也が、静雄の恋人についてよく知っているにも関わらず、口をつぐんでいること。その訳の分からない恐ろしさが、噂を塞き止める防波堤のような役割を果たしているのだった。
 そして今。その静雄の恋人――と折原臨也は、対面に座って仲良くランチを食べていた。


「それ、美味しそうだね。一口ちょうだい?」
「だめ」


 の前に運ばれてきた大皿を指差す臨也にはすげなく断って、はくるくるとパスタをフォークに巻き付ける。それを口に運ぼうとしたところで向けられている視線に気付き、にこりと微笑む。


「そんなに静雄とケンカしたい?」
「…別にしたくないよ」


 静雄との仲は相も変わらず良好のようだ。こういうやりとりは、それを測る一種の指針となる。
 どんな回答になるかは何通りかパターンがあるものの、その全てに静雄の名前が出てくることを知っている臨也は呆れこそすれ、それ以上求めることはしない。溜め息を吐いて、自ら注文したパスタにフォークを伸ばす。
 その様子をじっと見ながら、は口を開いた。


「…こないださ、静雄が言ってたんだけど」
「ん?」
「臨也はどうして俺のこと言い触らそうとしないの?」


 も静雄も、が静雄の弱点となることをよく理解していた。だからこその言葉に、臨也が珍しく苦笑いを浮かべる。


は言い触らされたいの?」
「俺は静雄に迷惑かけることはしたくないから、助かってる。ありがとう」


 面食らうのはこういう時だ。ただ単に情報を流さないというだけで、こんなにも素直に――しかも必要でない感謝を述べられると、さすがの臨也と言えども居心地が悪くなる。


「…俺としても、の存在が明るみに出るのは避けたいんだよね」


 それはが臨也を友達と言ってくれるからかもしれないし、臨也自身、が何かいざこざに巻き込まれるのを嫌うからかもしれない。は臨也や静雄と違って裏の世界を知らない、まったくの一般人だ。そして、たる所以はそこにある。
 つまり臨也は、を裏の世界で静雄の恋人であると認識させたくないのだった。認識されれば、静雄に恨みを抱く人間がを狙うのは安易に想像出来る。それは絶対に避けたいし許せない。そこだけは、癪ではあるが静雄も同様の思いに違いない。
 返事が返ってこないので顔を上げると、は嬉しそうに笑顔を浮かべていた。いつもならば臨也には向けない、静雄に対する柔らかな笑みを。


「勿体無いなぁ」
「…、何がだい?」


 思わず見惚れてしまった、それを悟られたくなくて、臨也は平常を保とうとする。の前ではあらゆる意味で一瞬たりとも油断出来ないことを、すっかり失念していた。


「そんな風に俺を気遣うことも出来るのに、ひねくれたことばっかりしてるから」


 中学からの付き合いであるは臨也に気安い。臨也が今、新宿を拠点として何をしているのかは知らないだろうが、きっと性格を熟知している分、あまりよろしくないことに手を染めていることを想像するのは容易いのだろう。


「誰よりも人と関わりたいくせにね。…臨也はツンデレなのかな?」
「……絶対違うよ。ていうかそれ、誰に聞いたの」
「ん?ツンデレ?ゆまっちだけど」


 あの男は一体何をに吹き込んでいるのだろう。まさかの口から聞かされるとは思わなかった単語を聞いて、思わず一瞬固まってしまったではないか。
 眉をひそめる臨也には気付かず、は話を進める。


「その頭の回転の速さをちょっと違う方向に使ったら、すぐに人気者になれるのに」
「俺が人気者ね…。そういうことを言うのはくらいだよ」


 他の者がその言葉を聞いたら、きっと同姓同名の別人の話をしているのだと思うだろう。新羅なんかは別人ではないことを分かっている上で腹を抱えて笑うのではないだろうか。
 臨也は自分が周りからどう思われているのかよく分かっている。それは大抵、悪い印象だ。臨也に良い印象を抱く者などいない。――――目の前のこの友人を除いては。
 だからこの友人の存在を言い触らしたくないのだと思い知らされて、頭を抱え込みたくなる。まさか自分にこんな感情があるだなんて思わなかった。友人であるを、失いたくないと思うなんて。
 静雄の弱点だけならまだしも、が臨也の弱点ともなりつつあるのは本当にまずい。知られた場合、を狙う者の数は倍以上に跳ね上がる。それにきっと、静雄を恨む人間より臨也を恨む人間の方が性質が悪い。


「…まあ、絶対に隠し通すけどね」


 だから大丈夫だ。に危険が及ぶ日など一生訪れない。
 唇の端を吊り上げて小さく呟いた臨也に、は不思議そうに首を傾げた。

The only common point

( 2011/08/28 )