平和島静雄の恋人 「ヨシプーってさ、なーんか誰かに似てるような気がしない?」「小説っすか?アニメっすか?」 「やだなあゆまっち、二次元じゃなくて三次元でだよう」 誰だっけかなあ、と考え込む狩沢の正面で、きょとりと三好は首を傾げる。 初めて会った時、三好のこの柔らかな雰囲気を昔から知っているような、妙な既視感がした。もちろん、知っているのは彼ではなく他の誰かの雰囲気なのだろうが、それが誰なのかどうしても思い出せない。きっと間違いなく、その誰かは狩沢にとって大好きな相手であるはずなのに。 誰とも打ち解けられて、誰からも好かれる性格で。物腰穏やか。笑いかけられた方まで、胸がほっこりする。 狩沢の中の三好のイメージを次々に考えていくと、どんどんその誰かの形が出来上がっていく。けれどそれが完成したのは、三好の肩越しに鮮やかな金髪を見つけたからだった。金髪と言えば静雄である。静雄と言えば―― 「あー!わかった、わかったよゆまっち!くんだよ!!」 「ああ!言われてみりゃそうっすねえ!」 「?」 突然声を大きくして盛り上がるふたりに、三好は驚いたように目を見開く。それに気付いた遊馬崎が、いち早く説明した。 「さんは門田さんの高校の同級生なんすよ。だから、ヨシヨシくんの先輩でもあるっすね」 「優しいんだよー可愛いんだよー綺麗なんだよう!ああもう何でくんのこと忘れてたかなあ、私のバカバカ!」 「でも、思い出せて良かったっすねえ」 「それがね、さっきそこにシズちゃんみたいな金髪がいたのよ。シズちゃんって言ったらくんじゃない?」 「そうっすね、そこは切り離せませんね」 「静雄さんのお友達なんですか?」 ここで出てくるとは思いもしなかった名前に思わず三好が口を挟むと、狩沢が物凄い勢いで反応した。若干引いてしまった三好の肩を掴んで、がくがくと前後に揺さぶる。 「え、何なに、よしぷーシズちゃんとも仲良いの!?」 「な、仲良いって言うか…良くして貰ってます、けど…」 「そうなんだあ…!あれかな、シズちゃんもよしぷーの中にくんを見たとか!?」 「やー、あの人はそういうこと思ってないんじゃないっすかね。ヨシヨシくんが素直でいい子だからっすよ」 「くん妬いちゃうね!」 「妬いちゃうっすねえ!」 静雄を大好きだと言って憚らないなら、きっと静雄が仲良くしている存在がいると知れば、喜びながらも確実に嫉妬するだろう。そんな姿を想像するだけでも可愛くて、狩沢と遊馬崎はまるで女子高生のように盛り上がることができた。もちろん、三好は置いてきぼりだ。 「楽しそうだね、ふたりとも」 そんなふたりにかけられた声。 「…お前らな、勝手にで盛り上がってんじゃねぇよ」 続いた声は、三好も知っている声だった。 ここで優先すべきは、先の優しい声より後の怒りを含んだ声である。狩沢と遊馬崎は恐る恐る振り返った。 「シ、シズちゃん…」 「シズちゃんって呼ぶんじゃねぇ!」 「静雄、相手は絵理華ちゃんだよ。臨也じゃないんだから」 狩沢を怒鳴り付けた静雄に、が非難めいた視線を向ける。それにたじたじになる静雄の姿は狩沢や遊馬崎にとっては見慣れたものだったが、三好にとっては衝撃だったらしい。ぽかんとして、静雄との姿を交互に見つめている。 「あ、よしぷーごめんね!この人がさっき話してたくんだよ!」 「、こいつが三好」 慌てて狩沢が三好にを紹介する反対側で静雄はに三好を紹介する。その内容から察するに、三好の名前は何度かふたりの会話に出てきているのだろう。そのせいかは狩沢と遊馬崎が期待したような嫉妬は露にせず、にこりと三好に笑いかけた。 「です。いつも静雄がお世話になってます」 「あ、いえ、こちらこそお世話になってます」 けれど別にが嫉妬しなくとも、と三好のツーショットはなかなか新鮮だったし、そしてそれ以上に、狩沢にはふたりを微笑ましそうに眺めている静雄がツボだった。携帯のカメラを向けたら静雄に怒られてしまうので、せめて脳裏に焼き付けようと頭の中のシャッターを切る。そうしていたら、ばっちり静雄と目が合ってしまった。 「…狩沢」 「な、なに?」 うんざりとしたような口調で名前を呼ばれて、狩沢はじっと見つめていただけでも怒られるのだろうかと身構える。けれど返ってきたのは、静雄本人のことではなかった。 「お前はあんまあいつら見んな」 あいつら、とは当然と三好のことだろう。思い当たった瞬間、狩沢は反射的に叫んでいた。 「えー!?なんで!?」 「汚れる」 「ひどっ!くんシズちゃんがいじめるよう!!」 「え?」 半ば当て付けのように狩沢がに泣き付くと、三好と話していたは困ったように狩沢と静雄を見た。 「静雄、いじめたの?」 「別にいじめてねぇよ。つーか離れろ」 の背中にしがみついていた狩沢をいとも簡単に引き離して、にやにやと傍観していた遊馬崎に押し付ける静雄。それからぎゃあぎゃあ言い合うふたりに、三好はついていけずにおろおろとしている。けれど遊馬崎が気になったのは、三好の隣で複雑そうにしていたの方で。 「…さん?どうしたんすか?」 「え、…や、仲良いなあと思って」 問い掛けると、思いがけずそんな答えが返ってきたものだから、問い掛けた遊馬崎はもちろん、の声をすかさず拾った狩沢もふるふると震え出し――― 「そうきたか…!」 「そっちっすか…!」 とふたり、歓喜の声を上げて。思い余ってに抱き着こうとしたところを、当然のように激怒した静雄に止められるのだった。 「…なんか、騒がしくてごめんね?」 「でも、楽しいですよ」 それがからすれば見慣れた光景でも、三好にとっては違うかもしれない。そう思ってこっそりと謝ると、三好からはそんな言葉と眩しい笑顔が返ってきた。 「静雄、静雄」 「あ?何だ」 元々、後輩は可愛がるである。今のやり取りですっかり三好を気に入ったが遊馬崎と狩沢を説教のように怒鳴っていた静雄の手を引っ張ると、静雄はぴたりと怒鳴るのをやめた。遊馬崎と狩沢からすればそれだけでもが天使のように思えるのだが、残念ながら天使はふたりを思って止めたのではなかったようで。 「三好くん、かわいいね。静雄が気に入るの、分かる」 はにかむようにそう言った。かわいいのは(くん)(さん)の方だと皆が思ったのは言うまでもない。
( 2012/01/15 )
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