突然ぐいっと腕を引かれて視界が揺れた。 「ふぇっ!?」 「っ…」 驚いて見開いた目に、今まで話してた友人たちの引き攣った顔が映った。それだけで、俺の腕を引いて歩き出したのが誰なのか確信する。うちの学校で誰かの顔をこんなに簡単に歪ませることができるのは、静雄と臨也のたったふたりしかいない。その上、骨が軋むほどの握力を持つのは静雄だけに限られる。 友人たちにごめんなと口パクで伝えれば、相変わらずの引き攣った顔でこくこくと頷くのが見えた。関わりたくないと思っているのが明らかで、少しだけむっとする。 半ば引き摺られるような形で連れて来られたのは理科室だった。開けるのを忘れたのか暗幕が閉めっぱなしで、戸を閉めてしまうと真っ暗になる。けれど静雄は電気を点けようとしないどころか俺の腕も離そうとしないため、俺がスイッチのところに行くこともできない。 幸いなのは、次の授業まであと少ししか時間がないのに、ここに誰もいないってことだけだろうか。この様子だと、次の時間は空き教室なんだろう。 俺は授業に出ることと電気を点けることを諦めて、暗闇の中でじっと目を凝らした。真っ暗と言っても今は昼間だし、暗幕の隙間から漏れる光もあって何にも見えないわけじゃない。闇に慣れれば輪郭と近くにいる相手の表情くらいは見えるようになる。 「……」 「…どうしたの?」 問い掛けると静雄は苦々しげに顔を歪めた。どうやら何か気に食わないことがあったらしいということまでは分かっても、その理由まで思い当たれない。ただ、臨也が原因ではないんだろうなとは思った。あいつが原因だったとしたら、今頃静雄は臨也を追っかけ回しているだろうから。 「静雄」 一向に口を開こうとしない静雄の名を呼ぶと、俺の腕を掴んでいる手がぴくりと揺れた。それから、はぁ、と小さな吐息。 「…、」 「うん」 「あんま他の奴に……」 「?」 ようやく口を開いても、そのまま何故か静雄は固まって、やがてがしがしと頭を掻いた。静雄らしくない行動に呆気に取られていると、肩を掴まれて、ぐっと端正な顔が近付いてきた。思わず後ずさってしまったけれど、足に何かが当たって進路が阻まれる。高さからして机だろうか、静雄がそれに手をついたせいで、閉じ込められるような格好になってしまう。 「あ…」 けれど近付いた距離のおかげで、静雄の顔がよく見えた。まるで小さな子どもみたいな、拗ねたような表情。 「…しず、」 「他の奴に触らせんな。…すっげぇムカつく」 その表情のまま、一度は飲み込んだ言葉を正直に言われたら――こくりと頷くことしか、俺には出来なかった。 言われてみれば。静雄に腕を引かれたあの時、俺は友人の一人に肩を抱かれるようにして立っていた。もちろん変な意味なんかない。ただじゃれあっていた、それだけのこと。 けど、静雄がそれを嫌がってるってことは、もしかして… 「…嫉妬してくれた?」 「…悪ィかよ」 恥じるような小さな声にふるふると首を横に振る。どうして俺がそれを悪いだなんて思うだろう。こんなに嬉しくて仕方がないのに。 「?」 「静雄がそう言ってくれるなら、触らせないようにする」 とは言っても、それが難しいことだとは分かってる。だけど出来る限り、触られないようにするし、俺からも触らないようにすると約束する。 真正面から静雄を見つめてそう言うと、ぎこちなく抱き締められた。腕を腰に緩く回されただけだけど、それだけでも泣きそうになるくらいの喜びが胸にじわりと広がる。もしかしたら、静雄も俺の言葉に喜んでくれたんだろうか。…そうだったら嬉しい。 「……ごめんな」 その謝罪が、他の奴に触らせるなと言ったことへのものなのかそれとも、…俺を強く抱き締められないことへのものなのかは、分からない。だけどどっちにしたって、謝る必要がないことには変わりない。静雄から与えられる温もりは、俺にとって何物にも代え難い大切なもの。この温もりを得られるのなら、他の誰の温もりなんていらないのだから。 monopolistic desires
( 2012/02/05 )
|