具合が悪い時は人恋しくなるというけれど、まさか自分がそうなるとは思ってもいなかった。
 気付けば勝手に指が押していた11桁の数字。液晶に表示された名前を見ながら、もしかしたら今頃シズちゃんと一緒にいるのかもしれないとぼんにゃり考える。そうしたらきっと彼ではなく静雄が出て、いつものように臨也の名前を叫びながら、こいつに関わるなと怒鳴られるのだろう。普段はうるさいだけで済むが、今はきっと頭に響く。余計具合が悪くなるくらいならいっそ彼の声も聞かず切ってしまおうかと思った矢先、コール音が途切れて、『臨也?』と静雄ではなく、彼の声が聞こえてきた。


「……?」


 驚いて疑問形で名前を呼んだ臨也に、電話の向こうでは笑う。俺に電話をかけてきたんじゃないの、と。黙り込んだままだと勘違いだと思われて切られてしまいそうだったので、慌ててそれを肯定する。


『臨也が俺に電話してくるなんて珍しいね。髪でも切って欲しいとか?』


 美容師のは、真っ先にそう思い浮かんだらしい。


「いや、そういうわけじゃないんだけど」
『…?風邪でもひいた?声掠れてる』
「……よくわかったね」


 電話越しに声を聞いて、些細な違いになど気付くものなのだろうか。驚く臨也に、は言葉を続けた。


『ご飯とかちゃんと食べてる?薬飲んだ?お世話してくれる人は?』


 矢継ぎ早に浴びせられる質問の答えを、ひとつひとつ頭の中で考えていく。
 ご飯。波江が作ってくれたものがある。ただし彼女は臨也の体調に気付かなかったので、いつもどおりの食事内容だ。正直今はあまり口にしたくない。
 薬。一応市販のものを1時間ほど前に飲んだ。体調は良くなるどころか悪化しているような気がする。
 世話してくれる人。一瞬波江の姿が思い浮かんだが、何かしら見返りを求められそうなので却下。その他と言えば闇であっても医者である新羅だが、この体調の悪い時に話したい相手ではない。


「薬は飲んだけど、ご飯は食べたくないな…。世話してくれるような人もいないし」
『あ、やっぱり。じゃあ俺が行くよ』
「いいの?シズちゃんは…」


 そんなことを言いつつも、臨也はがそう言ってくれることを期待していたし、分かっていた。優しい彼が病人を放っておけるわけがないのだ。例えその病人が、最愛の恋人がどんなに殺したいと思っている相手だったとしても。


『臨也、元気になったら殴られといて』
「ひどいなあ。言わなきゃいいのに」
『黙ってることで静雄に誤解されるなら、正直に言って怒られた方が全然いいよ』


 はそう言うが、臨也はが静雄に怒られているところを見たことがない。元々静雄は素直な相手には切れることがほとんどないので、包み隠さず全て話せば、呆れさえすれ怒りにまでは達しないのだろう。     に対しては。当然、彼に対して湧き起こらない怒りの矛先は臨也に向けられる。もそれを知っているから、殴られといてと言ったのだ。


『静雄のことは気にしないで寝てなよ?色々必要なもの買って行くからちょっとだけ遅くなるけど、出来るだけ早くそっちに着くようにするから』
「うん…待ってるよ」
『だから、待ってないで寝てなさい』


 まるで年長者のようなその言葉に、知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。これだからには敵わない。
 今の言葉を最後に切れた電話が名残惜しく、携帯電話を片手に言われたとおりにベッドに潜り込む。まるで子どもになった気分だった。けれどの愛情を一身に受けられるなら、それも悪くない。そんなことを考えながら目を瞑って、臨也はが来るまで一眠りすることにしたのだった。

Lullaby

( 2012/02/05 )