トムさんとの待ち合わせ場所を、ファーストフードにしたのは正解だった。窓に面して設置されたカウンタータイプの席からは、通りを歩く人の姿がよく見える。それを眺めるのは、暇潰しにはもってこいだ。だが今日は、暇を潰す必要がなくなった。余程の特徴がなければ目にも付かない人の波の中に、の姿を見つけたからだ。 知らず知らずのうちに頬が緩む。奇抜な格好をしているわけでもなければ、俺みたいに背が高いわけでもない。携帯を手にして、イヤホンで音楽を聴きながら歩く姿はどう見たってどこにでもいる今時の若者だ。それでも見逃さないのは不思議なもんだと思いながら、素早く携帯を取り出して、に電話をかけた。 携帯は元々手に持っていたから、俺からの着信に気付かないわけがない。は着信を知ると足を止めて―――俺でさえはっとするような、柔らかい笑みを浮かべた。 …もしかして、はいつもこうなんだろうか。俺が電話した時は、いつもこんな風に微笑んでいたんだろうか。それが嬉しく照れ臭い反面、電話向こうにいる俺からは見られないの姿を見ただろう奴らに嫉妬した。…結構落ち着いたと思ったのに、俺もまだまだガキらしい。 『――もしもし、静雄?』 電話越しに聞こえてくるのは、笑顔と同じ柔らかい声。 「、左向いてみろよ」 『?』 きょとん、と不思議そうなを知覚した直後。疑うわけでもなく、理由を問うでもなく、素直に俺の言う通り左を向いたと目が合った。 ―――そっからの行動は素早くて。目を見開いて、へにゃりと笑って、慌ててコケそうになりながら、は俺の元にやって来た。 「よう」 「びっくりした…!よく俺に気付いたね?」 「だよな。俺もびっくりした」 隣の椅子を引いて、座るよう促す。それに従ったに飲んでいたシェイクを渡すと、短く礼を言って、躊躇いなくストローに口をつけた。その姿に、ふ、と笑みが浮かぶ。 「?どうかした?」 「いや…昔は間接キスだなんだ言って真っ赤になってたのに、慣れたもんだと思ってよ」 「…そりゃ慣れるよ。何年付き合ってると思ってんの」 むう、と顔をしかめたの頬は僅かに赤い。触ったら熱いんだろうかと思って手を伸ばすと、やっぱりいつもより少しだけ熱くなっていた。 「トムさんと待ち合わせ?」 「ああ。もう少しで来るはずだけど」 「じゃあ俺も挨拶してから帰ろうかな」 トムさんとは俺を通してしか交流がないはずなのに、そのわりにふたりとも仲が良い。俺としては恋人とお世話になっている先輩が仲が良いのは嬉しい反面、…少し、複雑でもある。 …だめだな。このままだと悶々としてしまいそうだ。話の方向性を変えることにした。 「そういや、どこかに行くんだったのか?」 「ちょっと友達の店にね。髪切ってもらおうかと思って」 そう言っては、伸びた毛先をくるくると指先で弄んだ。確かに前髪も目にかかっているようだし、今が切り頃だとは思うが、綺麗な髪が短くなるかと思うと惜しい気もして、の髪に手を伸ばす。 「静雄?どうしたの?」 「…や、勿体ねえなと思ってよ」 小さく本音を漏らすと、はぽかんと口を開けたまま固まった。その顔がみるみるうちに真っ赤に染まる様子に、思わず吹き出してしまう。間接キスには慣れたくせに、こういうのには全然慣れないのがらしい。 「昼間っぱら何イチャついてんだよ…」 突然聞こえた声に、俺もも慌てて振り向く。いつの間にか背後にはトムさんが立っていた。呆れたような顔で、俺たちを見下ろしている。 「こ、こんにちは、トムさん」 驚いたのと多分恥ずかしいのとで、挨拶するの声が上擦っている。そんなを見てトムさんは表情を和らげて、よ、と返事を返した。 いまだ真っ赤なままのと、柔らかい顔したトムさんが向かい合っていると、どっちが恋人同士なんだか分からなくなるのはこういう時だ。さっき無理やり頭の片隅に追いやったはずの思考が、また戻ってきてしまう。 「は本当に静雄のことが好きだな」 「う、俺、そんなに駄々漏れですか…?」 でもそうやって続けられた会話に、ふたりの仲を訝しむ感情はどこかに飛んでいってしまった。 「駄々漏れだよなあ、静雄?」 俺に話を振ってきたトムさんはどこか楽しそうだ。からかわれているんだって気付いたけど、トムさん相手なら特に気にならず、それよりの反応が気になった。 トムさんの言葉を否定しなかった。それどころか肯定するような反応を見せて、困ったように眉根を寄せるその顔は、やっぱりさっきと同じように真っ赤で。 …心配した俺がバカだったみたいだ。思わず、頬が緩んだ。 「…まあ、静雄も駄々漏れだけどな」 そんな俺たちを見ていたトムさんの言葉に俺が慌てて、が嬉しそうに微笑むのは、あと数秒後のこと。 by chance
( 2013/01/14 )
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