「涼太、一緒に帰ろ」


 声をかけられて振り向くと、既に着替え終えたと緑間が立っていた。愛想の良いとは逆で、何が面白くないのか緑間はしかめっ面をしている。


「いっスよー。緑間っちも一緒?」
「悪いのか」
「やだな、そんなこと言ってないじゃないっスか!」


 ただ驚いただけっスよ、と返せば、溜め息を吐かれる。始めの頃こそ腹が立ったものの、人間何にでも慣れられるようで、付き合いが長くなればそれも気にならない。


「先に外行って待ってるから」
「了解っス」


 連れ合って部室を出ていく2人の後ろ姿を見ながら思う。正直な話、黄瀬は緑間を嫌いではないが、が他の誰よりも緑間を慕うのは不思議だった。はレギュラーでもベンチでもないが、それに次ぐレベルで、奇跡のメンバー全員とうまい具合に付き合える唯一の人物だ。きっと要領が良いのだろう。黄瀬とはノリ良く、黒子とは穏やかに、青峰とはのらりくらりと、相手によって接し方を変えているのが嫌味に映らないのは、だからこそ成せる業である。そのが、緑間には好意を全面に押し出して接する。それが黄瀬には不思議で仕方がないのだった。
 着替え終えて外に出ると、と緑間が笑い合っていた。とは言っても笑っているのはだけだが、緑間の表情もいつもより柔らかい。


「あ、涼太」
「お待たせしましたー」


 ひらひらと手を振ると、緑間はいつもの顔に戻ってしまった。思わず吹き出しそうになるのを、慌てて誤魔化す。


「ちょっと話したいことがあるんだ。歩きながらいい?」
「何スか?」


 歩き出した2人の後を追いながら首を傾げる。


「あのさ、涼太って女の子好きじゃん」
「そーっスね」


 話したいことというのはこれなんだろうかと思いながら頷く。だが、わざわざ一緒に帰ってまで話さなければならないようには思えない。今ぐらいの内容であれば、教室ででも部室ででも、いくらでも話せることだ。
 そんな黄瀬の考えは当たっていたらしい。の話したいことは、このすぐ直後にやってきた。


「男もイケる?」
「は?」
「…突拍子もない言い方をするな、。それでは黄瀬じゃなくとも分からないのだよ」


 その言い方にはどこか引っ掛かったものの、の話の方が気になったので敢えてスルーする。は緑間の言葉にそれもそうかと頷いた。


「涼太は男とも付き合える?」
「んー…どうっスかね。今んとこ女の子しか好きになったことないし」
「だよなー…」


 はぁ、と肩を落とす。話をそこで終わらせることも出来たが、黄瀬はそうしなかった。好奇心を擽られたせいもあるし、どうやら緑間は知っているらしいのことを自分は知らないということが、我慢出来なかったせいでもある。


「何でっスか?」


 だからそう問い掛けた。思いも寄らない言葉が返ってくるなんて、微塵も考えずに。


「俺、ホモかもしれないんだよね」
「へー………ぇえ!?」
「まあ、驚くよなぁ」


 へらりと笑ったの顔を、女の子たちが王子のようだと噂しているのを知っている。黄瀬が把握しているだけでも、を好きだという女の子の数は両手じゃ足りないほどたくさんいる。
 それなのにそのが、ホモかもしれないだなんて。
 黄瀬が間抜け面を晒す理由としては、十分過ぎるほどだった。


「マジスか…」
「まだ、かもしれないって段階なんだけどね。…引いた?」


 心配そうに覗き込んでくる顔すら、モデル友達の多い黄瀬から見ても綺麗に整っている。黄瀬がここでこくりと頷けば、その顔はきっと悲しげに歪むのだろう。
 首を横に振った理由は2つある。そんな顔は見たくないと思ったのと、であれば、どんな彼でも構わないと思ったからだ。


「どんなっちでも、俺は好きっス」
「涼太……ありがとう」


 心の底から嬉しそうにふわりと笑ったがあまりにも可愛らしくて、思わず抱き着いた。友人同士がじゃれあう程度のもので、深い意味はない。そもそも普段からやっていることなので、も変に意識した様子はなかった。けれど、すぐに緑間に引き離される。


「何するんスか!」


 ぷんぷんと拗ねてみる黄瀬のことなど誰も見ていなかった。緑間は眉を寄せてを見下ろしているし、はそんな緑間を不思議そうに見上げている。


「…平気なのか?」
「うん、こういうのは全然平気。…涼太、手ェ出して」
「はい」


  反射的に差し出した右手を、は恐る恐るといった様子で握り締めた。初めは軽く。次にぎゅ、ぎゅ、と、何かを確かめるように。


「真ちゃんも」


 そして空いた左手は、緑間の手と繋がれた。黄瀬とは握手形式なのに、緑間とは恋人繋ぎだ。その違いにむっとする。


「やっぱり大丈夫だ…。確定かなぁ」
「まだわからないだろう。…に恋愛感情を抱いてないといけないのかもしれないのだし」
「…ちなみに真ちゃんにそのご予定は」
「ないな、今のところ」


 その答えに不服そうに頬を膨らませてみせると、どこか楽しげな緑間。黄瀬の存在はまるっきりないものとされていて、しかも1人だけ話についていけていない。
 とうとう不満が爆発した黄瀬にが謝りながら事情を説明してくれるのは、それから数秒後のことである。

例えばどんな君でも、

( 嫌いになんかなれないよ )
( 2010/08/25 )