っちは、あの中の誰とならキス出来そうっスか?」


 あの中の、とは、黒子、青峰、桃井を指す。は黄瀬の不躾とも言える質問にうーんと唸って、しばらくしてから答えた。


「真ちゃん」
「…緑間っちはあそこにいないんスけど」


 あの中にはいないなら、せめてそう言ってほしかった。まさか選択肢以外の回答をされるとは思わなかったので、さすがの黄瀬も呆れる反面、何故自分ではないのかと拗ねたくなる。


「別に緑間っちが好きってわけじゃないんスよね?」
「そういうわけじゃないけど、絶対平気なのは真ちゃんかなあ」


 しかも絶対ときた。こうなってくると、が緑間への恋情に気付いていないだけという線も出てくる。 けれど今はそれを勘繰る時ではない。が、キスを出来る相手に桃井を選ばなかったことが重要なのだ。ちなみに黄瀬は、あの3人と言われたら問答無用で桃井を選ぶ。


「やっぱマネージャーじゃダメ?」
「…ちょっと試してみようかな」
「え!?」


 黄瀬の言葉が何かのスイッチを押してしまったらしく、はぐ、と握りこぶしを作ると桃井の元へ走っていった。
 まさかちゅーするんじゃあ!とハラハラドキドキで見守る黄瀬の目に、青峰に肩を抱かれるが映る。それを気にもしないで、は桃井の手を取った。きゃあ、という悲鳴も大した反応もなかったのは、多分が先に断ったからなのだろう。
 それからすぐに手を離して戻ってきたは、今にも泣き出しそうに肩を落としていた。


「涼太ぁ、見てこれ」
「うわっ」


 突き出された腕を見てぎょっとした。ぷつぷつと、見事に鳥肌が立っている。


「こないだよりは全然軽いけど、桃でこれなら絶望的だ…」


 桃井はにとって、最も接しやすい異性の友人だった。恋愛感情は抱いていないし、桃井は黒子が好きだということは周知の事実。互いに友人だと認識しているのにこの結果では、泣きたくなるのも道理だった。


「だ、大丈夫っスよ!っちなら、男でも好きになってくれる人がいるって!」


 現にの秘密を打ち明けられたあの日から、自分の気持ちもゆらゆら揺れているのだとは言わないでおいた。不安そうに見つめてくるに、軽い男だと思われたくない。


「そう、かな…」
「そうっスよ!」
「面白そうな話してんなァ」


 突然割って入ってきた声に、黄瀬と、2人揃って肩を跳ね上げた。聞かれて困るような話だったから、壁と向き合うようにしてこそこそ話していたのが仇となってしまったらしい。振り返った先には、ニヤニヤと笑う青峰が立っていた。


「だ、大輝…」
「さつきの手ェ握って逃げるように行っちまったから、何かと思って来てみりゃ……お前、男が好きなのかよ?」
「ちょ、青峰っち!」
「うるせぇな、お前は黙ってろよ。俺はに聞いてんだよ」


 もっと言い方ってものがあるだろうと睨み付けると、逆に睨み返されてしまった。けれどその視線はすぐに外れて、を捉える。青峰の強い視線に、は小さく息を吐き出した。


「…わかんない」
「ああ?」
「だから、わかんないんだってば」


 の言葉に、青峰は思いきり眉を顰める。困ったように自分を見てくるには、苦笑いしか返せなかった。
 きっとは青峰が何故機嫌悪そうにしているのかわからないのだろうが、黄瀬はよく分かる。気に入っている相手に秘密を作られたら、誰だって気に食わないに決まっているのだから。
 こればっかりはの問題なので黄瀬が口を出すわけにもいかず、どうするんだろうなぁと傍観していたら、問い詰められては簡単に吐いた。大分省かれていたが、内容は十分伝わるように。


「じゃあ試してみるか?」


 の秘密を知っているのは緑間と自分だけだったのに、とむくれていたから気付くのが遅れた。いつの間にか、青峰がを壁に押し付けて、キスしようとしている。


「ちょ、大輝…っ」
「なー!?」
「…何をやっているのだよお前らは」


 黄瀬が慌てて青峰を退かしにかかるのと同時に呆れた声がして、視界の端で緑間が大きな手のひらでの口元を覆うのを捉えた。


「真ちゃん!」


 ほっとした顔で、は青峰から逃げるように緑間の背後に逃げる。体勢を持ち直した青峰は、じろりと再び黄瀬を睨んできた。


「てめぇ…」
「何してんスか!」
「何って、がわかんねぇっつーから試してやろうと思ったんじゃねぇか」
「お前、誰でもいいのかよ…」


 緑間の後ろでがっくりと項垂れるに、青峰は眉を顰める。


「人を節操なしみてーに言うんじゃねぇよ」
「違うのか」
「違ぇっつーの」
「…え、じゃ、っちのこと好きとか!?」
の顔は好みだからな」
「やっぱり節操ないじゃん」


 好みというだけでキスをするなら、そのことに変わりはない。それに対して一応文句をつけてはみたが、本当のところは安堵していた。青峰は自分の顔を好みと言った。なら、好きになってくれる人もいるかもしれない、と。
 緑間と黄瀬も、青峰の行動がにとって悪いものではなかったことに気付いていた。だからこそ黄瀬はこっそり思うのだ。軽い男と思われても、がこんな風に笑うなら、正直に打ち明けた方が良かったかもしれないと。

例えばどんな君でも、

( 僕らの気持ちは変わらないよ )
( 2010/08/25 )