ちん、おなかすいた〜」


 のし、と背後からのしかかられて、ぐえ、と思わず変な声が漏れた。
 顔だけを振り向かせると、俺の肩に顎を乗せた敦とものすごい至近距離で目が合った。どこかきらきらしているように見えるその目は、俺がお菓子を持っていると信じて疑っていない。
 けれど俺はその期待に応えられないから、申し訳なく思いつつ口を開く。


「ごめん、今日はまいう棒持ってない」
「え〜?なんで?」
「だって征に怒られんだも…って、敦、痛い痛い!」


 不服なのはわかるけど、俺の腰に回した腕に力を込められると、ぎりぎりと締まって骨が痛い。敦の腕から逃れようと思っても、馬鹿力を前にしたら俺なんて赤子も同然だった。…同じ男としてどうかと思うけど、敦は規格外だからしょうがない。


「なんでちんが怒られんの?」


 どうやら俺の訴えは聞き入れてもらえたらしく、腕は腰に回されたままだけど、その力は大分緩んだ。それにほうっと息を吐いて、質問に答えようとした、けど。


が敦を甘やかすからだよ」


 いつの間にかすぐ近くにいた、征に代わりに答えられてしまった。…いや、俺は別に敦を甘やかしているつもりはないんだけど、征にはそう見えるらしい。大輝には「餌付けしてんじゃねーよ」って言われるし。…みんな敦のこと、子どもとかペットとかそういう風に思ってるんじゃないだろうか。確かに大きな子どもって感じはするけど。


ちんが甘いのは俺にだけじゃないでしょ〜?」
「…そうかな…」


 どうでもいいけど、俺の頭に顎乗っけて喋るのやめてくれないかな。縮む気がする。


「そうだよ。特にミドチン」
「真ちゃんを俺が甘やかしてる?」
「違うだろう。が真太郎に甘えているんだ」


 逆ならまだしも、と思っていると、ずばり征にそう言われてしまった。今度は図星なので、何も言えない。


「あ〜、そうかも…。何でミドチンには甘えるの?」
「何でって言われても」


 改めて聞かれると、うまい答えが見つからない。というか答えはあるけど、俺が真ちゃんのことを大好きだから、とか、真ちゃんがそれを許してくれるから、とか、そういう言葉にするのが恥ずかしいものしかないというか。…うん、恥ずかしい。顔熱くなってきた。


、顔が赤くなっているね」
「分かってるから言うなよ…」
「…何かやだなぁ」


 相変わらず俺の頭に顎を乗せた敦がぼそりと呟いたと思ったら、また背中から抱き締められた。一応俺のことを考えたのか、さっきよりも痛くはない。だけどがっしりと腰に回された腕は、さっきよりも強固だ。
 …一体なにが嫌なんだろう。問い掛けようとしたけど、


「敦、にそれ以上抱き着いていたら、お菓子禁止令出すよ」
「それもやだ」


 征のそんな言葉に、敦はふらりと離れていってしまったので無理だった。
 残された俺は、何となく征を見る。無表情で敦の後ろ姿を見ていた征はそれに気付いて、うっすらと笑みを浮かべた。


「…なにかな?」
「…敦にお菓子禁止令は、死ねって言ってるのと同じだと思うけど」
にいつまでもくっついているのが悪いんだよ」


 飄々としている征は、どこまで本気か分からない。ただやっぱり征は怒らせない方がいいみたいだと、俺はこっそり溜め息を吐いた。

例えばどんな君でも、

( 甘やかしてあげる )
( 2012/06/03 )