どっぷりと日が暮れた帰り道を、肩を並べて歩く。ついさっきまでの騒動にふたりとも疲れ果てていたが、藤はそれよりあることで頭がいっぱいだった。 今日はバレンタインデーだ。この疲労の原因だってそれだし、藤もも両手にぶら下げている紙袋には溢れんばかりのチョコレートが入っているのだから、がそのことを忘れているはずもない。それなのに。未だからチョコを貰っていないのは、どういうことなのだろう。 「」 「ん?」 「俺、まだお前からチョコ貰ってないんだけど」 ついに我慢できなくなってそう問い掛けると、は足を止め、心底驚いたような表情を浮かべた。 「え、欲しかった?」 「…どういう意味だよ」 「ほら、フジって毎年この状態じゃん。だからチョコはいらないかもと思って、用意しなかったんだけど」 そう言って、両手の紙袋を胸の高さまで上げて見せる。それに藤はうっと言葉を詰まらせた。が持っているのは藤が貰ったチョコであり、自分ひとりだけでは持ちきれない分を持ってもらっていたのだ。 だがここで諦める藤ではない。チョコの山を視界に入れないようにして、じっとを見詰める。 「からのは欲しいに決まってんだろ」 「…そういうもんなんだ?」 が色恋に疎いことはよく分かっている。告白した時もなかなか通じなくて苦労したものだった。けれどへえ、とでも言いそうな暢気な表情を浮かべられると、真剣な自分がバカらしくなってくる。 藤は当てつけのように深く溜息を吐いて、を置いて歩き出した。 「もういい」 「え、でも」 「期待した俺がバカだった」 「フジ!」 その言葉にむっとしたのか、強い口調で名前を呼ばれて渋々振り返る。刹那、掠めるように唇に触れた熱。そのままぎゅっと抱き着いてきたの体を抱き止めると、手から滑り落ちた紙袋から地面いっぱいにチョコレートが溢れ出た。 「チョコはないけど、好きな気持ちには変わりはないよ」 「」 普段はおっとりとしたの、精一杯のバレンタイン。往来で抱き合いながら、藤はやっぱりバカは自分だと思った。 は藤のことを考えてチョコレートを用意しなかったのに、自分勝手な理由でそれを責めた。まるで子どものわがままだ。…本当はチョコレートなんてなくても、が自分を好きでいてくれればそれで良かったはずなのに。 「悪い、。俺が悪かった」 「…俺のこと嫌いにならない?」 「なるかよ、バカ。…あーもー、大好きだ、クソ」 こんなことくらいで嫌いになれるのなら、たかがチョコを貰えないだけで怒ったりしない。悔しいけれど、きっと藤の方がずっと惚れているのだ。足元に散らばるチョコの数ほど選び放題だったのに、を選ばずにはいられなかったのだから。 欲しいのはただひとつ
( 2010/02/14 )
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