校内が変態だらけと聞いて慌てて教室に戻った藤の目に飛び込んできたのは、自分の席に座って雑誌を読んでいるの姿だった。周りは服を脱いだり着たりと大騒ぎしているのに、余程集中しているのかはそれに気付いた様子もない。 とりあえずが裸になっていないことに安堵の息を吐いて、の席へ向かう。するとあれだけ自分の世界に入り込んでいたが唐突に顔を上げた。 「フジ。おかえり」 「お前、周り気になんねーの?」 ただいま、と言うのは気恥ずかしくて、の前の席に座りながら、言葉を被せるように問い掛ける。 「周り?…え、何これ、みんな何やってんの?」 周りの異常には本当に気付いていなかったらしい。恐ろしいほどの集中力だが、今回ばかりはそれに助けられたようなものだ。が平気でいられたのは、周りの空気を集中することで遮断していたためなのだから。 そこまで考えて、ある種の予感が藤の脳裏で首をもたげた。遮断していたせいでが病魔にかからなかったのなら、その遮断を解いてしまった今は、もしかしたら物凄くやばい状態なのではないだろうか。 「何か楽しそう。俺も脱ごうかな」 そして悪い予感は、何故かよく当たる。 かつてないほどの反射速度で顔を上げると、はシャツのボタンに手をかけているところだった。 「―――」 男子中学生の脱衣シーンなんて見ても本来なら面白くも何ともないし、むしろ見たくない部類に入る。けれど今目の前にいるのは、男である前に好きな相手だ。ぷちぷちとボタンを外していくその姿が藤の目には酷く扇情的に映って、一瞬息をすることも忘れて見入ってしまった。 だが、いつまでもそうしてはいられない。2人きりならまだしも、ここは教室のど真ん中なのだ。 「っ、!」 ボタンを全部外しきり、シャツから腕を抜こうとしていたの腕を掴む。露になった胸元は敢えて見ないよう、顔は背けた。 「何?」 「何、じゃなくて、服着ろって!」 「フジは俺の裸、興味ない?」 きっとは今頃、小首を傾げて藤を見ているのだろう。藤が服を脱ごうとするのを止める理由が興味ないからだと思い込んで、悲しげに。けれど病魔にかかっているからと言っても、何故わからないのだろうか。しつこいが藤はが好きなのだ。興味がないなら最初から止めたりしない。興味があるからこそ、他人に見せるのが我慢ならないのに。 だからと言って我に返った後のに幻滅されるかもしれないと思うと興味津々とも言えなくて、必死に頭の中で言葉を選ぶ。けれどなかなかまとまらない。寝てばかりいないでちゃんと国語の授業を受けていれば良かったと、今更ながらに後悔する。 そんな藤を見て何を思ったのか、初めのうちは抵抗して力が入っていたの腕から不意に力が抜けた。思わずそちらを見た藤の目に肌色が飛び込んできて焦ったが、が俯いていたのですぐに冷静になる。 「?べ、別に興味ねーわけじゃなくてさ、…って、正気に戻ったのか?」 よく見ると、俯いているのはボタンを留めているからだった。第2ボタンまで留めたところで顔を上げたは、藤と目が合うなりふふっと吹き出す。 「フジがあんなに焦るなんて。俺の裸も捨てたもんじゃないね」 どういうことだろう、これは。先程までは間違いなく病魔にかかっていたはずなのに、今のは正常だ。一体何故、いつの間に、病魔が抜けたのだろう。 「…病魔は?」 「え、何の話?」 「他の奴らがやたら脱ぎたがってるのとか、今が脱ぎ始めたのって、全部病魔のせいなんだとさ。でもお前、いつの間にかいつも通りだし」 「あー、…だってフジ、真っ赤になりながら困ってんだもん。それで何か頭冷えちゃって」 そう言われてみれば、ハデスもそんなことを言っていたような気がする。浮かれた気持ちになって病魔に罹るのなら、気分が落ち着けば自然と病魔も抜けるのかもしれない。 「…ところでさ。フジがこの病魔に詳しいってことは…もしかして、フジも罹ったの?」 ずい、と身を乗り出して、どこか楽しげにが問い掛けてくる。藤は保健室でのことを思い出して、ひくりと頬を引き攣らせた。その反応をは是と取ったらしい。やっぱり、と笑って、それから少し拗ねるように顔を顰めた。 「俺も保健室について行けば良かったなあ…」 「は?」 「ん?」 が小さく呟いた言葉は、かろうじて藤の耳にも届いた。けれどその内容は思わず耳を疑ってしまうもので、思わず聞き返した藤には白々しくも素知らぬ振りをする。 おかげさまで藤はその言葉の真意が、がただ単に藤の痴態(裸)を見たかったからなのか藤と同じように嫉妬してくれたからなのか、それともまた違うところにあるのか、しばらく思い悩む羽目になるのだった。 春のいたずら
( 2010/11/10 )
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