練習が終わって誰もいなくなったグラウンドに、ひとり佇む後ろ姿を見つけた。今日、久し振りに会った時も思ったけれど、本当に昔と変わらないな、と思う。達海くんは昔から、いるべき場所にいない時はここにいることが多かった。 「達海くん。何してんの?」 「んー?…か」 声をかけると達海くんは一瞬だけ振り向いて、またグラウンドに視線を戻した。隣に立って、グラウンドを見渡す。いつもは選手たちが走り回っているグラウンド。今は誰もいないせいか、普段より広々としているように感じる。この光景を、達海くんは一体どんな思いで見ているんだろう。 ふと視線を感じて横を見ると、いつの間にか達海くんがグラウンドではなく俺を見ていた。眉間に皺を寄せてじっと見つめられて、何となく居心地が悪い。 「な、なに…?」 「…お前、いくつになった?」 「達海くんの10コ下だよ。25」 そう言うと達海くんはぽかんと宙を見つめた。それから俺の顔を眺めて、更に眉を顰める。 「そんなもんだっけ」 「うん。何で?」 「別に」 問い掛けると素っ気無く返事を返された。こうなったら何度問い掛けても結果は同じ。俺が理由を聞くのを諦める方が、何十倍も早い。 「…有里がさ、達海くんが自分のこと覚えてなかったって怒ってたよ」 話の方向を変えるために思い出したのは、涙目になって怒る有里の姿だった。女の子には似合わない罵詈雑言を口にしながら、ぼろぼろと涙を流す姿は今思い出しても可哀相すぎる。有里がどれくらい達海くんのことを思っていたか分かっている身としては、何とも居た堪れない光景だった。 その姿が自分と重なる。もし後藤さんと一緒に達海くんのところへ行ったのが俺で、「お前誰?」なんて言われていたら――有里より大人な分、怒鳴る気にはなれないものの、間違いなく傷付いていたと思うから。 「10年も経ってるんだし…ましてや一番変わる時期を見ていなかったんだから、分からないのも無理はないと思うけど」 「10年、か」 女の子にとっての10年は長い。傍で有里の成長を見てきた俺でさえ、たまにはっとする瞬間があったくらいだ。小学生の有里しか知らない達海くんに、気付けと言う方が無理なのかもしれない。 「…は変わんないよな」 「そう?」 自分では変わったと思うんだけどなぁ、と笑うと、達海くんは驚くほど真剣な目で俺を見た。静かな海のような瞳。俺もつられるように笑みを消して、じいっと達海くんを見つめ返す。 …俺の中の達海くんと言えば、まだETUでプレーしていた頃の、25才の達海くんだ。その頃はもちろん今より若くて、今ほど渋さがなかった。別人とまでは言わないけど(外見も性格もそのまんまだし)、何となくこうして35才の達海くんと向かい合っていると、タイムスリップでもしたかのような錯覚を覚える。達海くんの前に立っているのが、15才の俺のような、妙な錯覚を。 結局俺も達海くんの言う通り、何も変わっていないのかもしれない。あの頃からずっと変わらず達海くんに憧れている俺は、時が止まっているようなものなのだから。 「…達海くん、」 「あ?」 「ここに帰ってきてくれてありがとう」 自分でも唐突だったと思う。だけどそれは、ずっと言いたかった言葉だった。 達海くんは、呆気に取られたみたいにぽかんとしている。 「…達海くんは俺のこと忘れてたかもしれないけど、俺はずっと、達海くんに会いたかったんだ」 そう告げると、憑き物が落ちたみたいにスッキリした。後藤さんたちが達海くんを探しに旅立ってから、実際に連れて帰って来るまでずっと鬱々としていたことが、嘘みたいに。 しばらく無言で突っ立っていた達海くんは、徐々に顔を歪ませて、ぽり、と頬をかく。 「忘れてねえよ。変わんねえなって言っただろ」 「うん、言った。ありがとう」 へへ、と笑うと、がしがしと頭を撫ぜられる。その手の温もりにふと、達海くんが旅立った日のことを思い出した。 『いつ帰ってくんの?』 『さあな。わかんねえよ』 『…っ…』 『…泣くなよ、』 達海くんにいってほしくない気持ちと、もっと大きなところでサッカーしてほしい気持ち。そのふたつがせめぎあって言葉を詰まらせた俺の頭を、達海くんは困ったように笑いながら、今みたいに不器用に撫でてくれた。その手と声があまりにも優しかったせいで、ぼろぼろと涙が溢れたのを覚えている。 俺の中では、それが最後の達海くんとの思い出。そして今日、俺の前にいるのは25才の達海くんじゃないし、俺も15才のままじゃないけれど。また同じシチュエーションから達海くんと過ごす日々が始まるのは、偶然じゃないような気がした。 何年経っても。
( 2009/10/17 )
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