「見ーっけ」 「わぁ!」 用を足し終えて、手を洗っているところを背後からのし掛かられた。慌てて顔を上げると、鏡越しに持田さんが俺に抱き着いているのが目に入る。瞬間、またか、と力が抜けた。この人はいつもこんな感じだ。 「も、持田さん…びっくりさせないでくださいよ、もう…」 「見つけたら嬉しくってさー、ごめんな?」 「いえ、いいんですけど」 きゅ、と蛇口を捻って水を止めると、タイミング良くハンカチが差し出された。持田さんがハンカチ持ってるなんて意外だなあと思いながらも、せっかくなので借りることにする。 「あ、ども…?」 受け取ろうとした瞬間、何故かハンカチが引っ込んだ。不思議に思って顔を上げると、にやにや笑っている持田さんが俺を見ている。 「貸してほしいなら俺にちゅーして?」 「……」 また持田さんの悪い癖が出た。会う度にこんな風に悪戯をしては、ちゅーしろだの膝枕だの、セクハラ紛いの発言をする。今だって実はまだ抱き締められたままだ。多分からかわれているだけだから俺は全然平気だけど、これ、有里もやられていないか確認しないといけないかもしれない。 ふう、と溜め息を吐いて、スーツのポケットからハンカチを取り出す。あ、と声を漏らしたのは持田さんだった。してやったり、と俺は笑う。 「何だ、持ってたのか」 「残念でした」 「まあいーや、今日はこれで我慢する」 これ? 首を傾げると、その隙に露になった首筋をべろんと舐め上げられた。少ししてから、ぞわっと背中を駆け上がる感覚。 「っ〜〜…!」 「あ、感じた?」 「感じてないっ!」 首筋を押さえて、思わず敬語も忘れて反論する。それに持田さんは楽しそうに笑って、俺が何か言う前に「またなー!」と言ってトイレから出て行ってしまった。その鮮やかさに、ひとり残された俺は怒りなのか羞恥なのかよくわからない感情の矛先を見失う。 「…」 「わあ!」 その時地に響くような低く重い声が聞こえて、びくっと心臓が跳ね上がった。てっきり誰もいないと思っていたから、驚きの度合いはさっきの比じゃない。 ばくばくいってる胸に手をやりながら声のした方を向くと、入り口のところに後藤さんが呆然と立っている。 「お前まさか、敵と付き合ってたり…」 「付き合っ…!?ないない、ないですよ!」 「今時の若い者は、付き合ってもいないあんなことをするのか!?」 「うっ…そ、そんなことないですけど、あれは持田さんの悪ふざけで…!」 そう答えながら、もし自分が後藤さんの立場だったら付き合っているようにしか見えないと思うから手に負えない。幾ら何でも首筋を舐めるのは、男同士がふざけてやる行為じゃないだろう。 まだ舌の感触が残る首筋を押さえながら何とか後藤さんの誤解を解くことが出来たのは、それから10分後のことだった。 Joker 「…有里、セクハラとかされてない?」「え、誰に?」 「……持田さん、とか」 「ヴィクトリーの?あはは、そんなわけないじゃん!くんってば何言ってるのよー!」 「そっか、それなら良いんだ…はは」 「何?持田?」 「わー、後藤さん!何でもないです!!」
( 2010/11/23 )
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