練習が終わって帰ろうとした時、の姿を見つけた。学校が終わって直接来たのか、高校の制服のまま、フェンスに張り付いてETUの練習をじっと眺めている。真剣だったり、はらはらしてたり、にこにこしたりしながらが見てるのは、いつだってあの人だ。
 そういうを見てると、あんなおっさんのどこがいいんだよっていつも思う。そりゃ、サッカーはすごいうまいと思うけど、俺だってあと少しくらいしたらあのくらいプレイできるようになるのに。
 そう思ったら何でかむかむかしてきて、邪魔してやりたくなった。


「赤崎、帰んねーの?」
「先帰ってて」


 チームメイトに断って、に近付く。集中してるは、至近距離に俺が立っても気付かない。





 背後から話しかけると、はびくっと肩を揺らして振り向いた。過剰反応が恥ずかしかったらしく、その顔は真っ赤。相手が俺だと分かって睨み付けてくるけど、全然怖くない。


「突然話しかけるなよ。びっくりしただろ」
「俺に気付かないが悪い」
「…俺、お前より年上なんだけど?」
「知ってるよ」


 そんなの、身長差からだって簡単にわかる。わかってるけど、わかりたくない。そういう俺の気持ち、こそわかってない。
 むすりとしながら返すと、なだめるようにぽんぽんと頭を撫でられた。だってまだガキのくせに、会えばいつも俺をガキ扱いするから嫌だった。でも、その手を振り払えない自分はもっと嫌だ。


「赤崎は帰るところ?」
「そうだけど」
「じゃ、俺も一緒に帰ろうかな」


 脇に置いていた学校のカバンを肩にかけて、は俺の隣に立った。練習は続いているから、てっきりまだいるんだと思っていたのに。


「もう帰んの?」
「んー、まだ見てたいけどね。帰って宿題やんないと」


 その言葉を聞いて俺も宿題があることを思い出して憂鬱になったけど、それ以上に嬉しかった。だって、一緒に、って言った。は、俺と一緒に帰るんだ。あの人じゃなくて、俺と。


「仕方ねーなあ。一緒に帰ってやるよ」
「お前ほんと生意気ー」


 顔がにやけそうになるのを堪えていると、そう言ってが俺の鼻を摘まんできた。大人気ないって思うけど、無理して言い返すとそれこそガキみたいだったからやめておく。俺はガキじゃない。
 一緒に歩くと自分がよりどれだけ小さいのか実感する。別に俺が小さいわけじゃねーし、が大きいってわけじゃねーけど。成長期ってやつを向かえてぐんと背が伸びるらしい高校生のと小学生との俺とじゃ、どうしても埋められない差があるんだって思い知らされて腹が立つ。


「どうしたの赤崎。練習で何か嫌なことでもあった?」


 憮然とした俺の表情を見て勘違いしたらしいが、そんな風に聞いてくる。斜め上から覗き込まれて、その近さにぎょっとした。思わず後ずさりすると、はきょとんと首を傾げた。


「驚かせた?ごめん」
「べっ、別に!何でもねーよ!」


 まさか身長差がむかつくなんて言えないから、そう返すしかない。真っ赤になってるかもしれない熱い顔を見られたくなくて、早足でを追い越した。そして気付く。こうすれば、の顔は見えないけど、身長差を意識しなくて済む。


「赤崎は元気だなあ…」


 年寄りくさい言葉を背中で聞きながら、身長を伸ばすにはどうすればいいかを考える。やっぱりと一緒に歩くなら、正々堂々と隣を歩きたいし。そのためにはより大きくなっていないとだめだ。
 早く、早く、と肩を並べられるような大人になりたい。が憧れる、あの人みたいになりたい。
 どうしてそんな風に思うのか、俺にはよくわからなかった。

act grown-up

( 2011/06/04 )