向かいの道場を覗く、怪しげな人影を見つけた。 さっきからずっと観察しているけど、挙動不審だし、道場に入っていく素振りもないから、お客さんというわけではなさそうだ。年も、お妙さんや新八くんよりずっと上のように見える。 そのまま無視することも出来たけど、何かあっても困るから、話しかけてみることにした。 「…あの、何をしてるんですか?」 「やあ、近所の方ですか!これはどうも、妙なところを見られてしまいまして!」 はっはっはっ、と豪快に笑って頭を掻く男の人。思いのほか爽やかな返事が返ってきて驚いた。挙動不審イコールどもるってイメージがあったけど、そういうわけでもないのかな…。 …というか、この人、どこかで見たことがある気がするんだけど、どこでだっただろう。思い出せない。 「志村さんのお知り合いですか?」 「ご挨拶が遅れましてすみません。お妙さんの未来の旦那で、ぐほぉ!!」 「!?」 突然目の前から男の人が消えて、びくっと肩が跳ねた。い、今、何か飛んできた…? きょろきょろと辺りを見回すと、地面に倒れる男の人と、その横に転がる鉢植えがまず目に入った。あまりの速さで見えなかったけど、この鉢植えが男の人の頭に当たったみたいだ。頭から血を流しているけど、大丈夫なんだろうか…。 「あ、あの…大丈夫ですか?」 「ちゃん。気にしなくていいわよ」 「お妙さん」 パンパンと何かを払うように手を叩きながら笑顔で近付いてきたのは、先程会話に出てきたばかりのお妙さんだった。俺の目の前に立ちながら、片足で男の人を踏み付けているところを見ると、鉢植えを投げ付けたのもこの人なんだろうな、と苦笑いが浮かぶ。 「このゴリラ、頭がおかしいみたいなの。だから、話しかけちゃだめよ?」 …ゴリラって、この男の人のこと?確かにそんな感じではあるけど…まさかお妙さんの口から誰かの悪口を聞くなんてと、少し驚いた。 「でも、血が…」 「唾付けときゃ治るわよ」 いや、治らないでしょ。そう思ったけれど声に出して突っ込んだら恐ろしいことになりそうな予感がして、頭の中だけで突っ込んでおく。 当たり所が悪かったのか、男の人は気絶していて目を覚ます様子がない。お妙さんは気にしなくていいと言ったけど、自分の家の前で死なれでもしたら困る。 だから、倒れる男の人の手を、自分の肩に回した。怒られるかなと思ったけど、お妙さんは小さく溜め息を吐いて、困ったように微笑んだ。 「……仕方ないわねぇ。ちゃん、道場まで運んでくれる?」 「いいの?お妙さん、この人のこと嫌いなんじゃ…」 「私のせいだもの、ちゃんに迷惑をかけるわけにはいかないわ」 頷きはしなかったけれど、多分嫌いだというわけじゃないんだろうなと漠然と思った。そうじゃなかったら、大切な道場に運んでだなんて言うわけがない。 大人の男の人の体は重くて、運ぶのは結構大変だった。でもまさかお妙さんに手伝ってというわけにもいかず、何とか道場まで連れて行く。 道場の端っこに、ごろりと横になった男の人。…見れば見るほど、見覚えがあるような。 「ねえお妙さん」 男の人の頭に触れるとたんこぶらしきものが出来ていたから、お妙さんにお願いして用意してもらった氷嚢で冷やしながら声をかける。 「この人、何やってる人?」 「ゴリラよ」 「………職業は?」 あまりにも清々しい笑顔で言うので、突っ込む気にもなれなかった。だから言い方を変えて問い掛ける。 「警察」 「けいさつ」 一瞬、その言葉が何を意味するのか忘れた。反射的に呟いた後に頭の中で漢字変換されて、それが警察―――つまり真選組だと気付く。というより、思い出した。 「…そっか、この人局長だ、真選組の」 「あら?ちゃん、知ってるの?」 「うん」 というより、きっと知らない方が少ないほどの有名人だ。それなのにすぐに思い浮かばなかったのは、警察のえらい人が挙動不審なわけがないっていう思い込みからだと思う。…だってあれ、よく考えてみれば完璧ストーカーだし。 「…ん……?」 からりと氷同士が当たる音がして、近藤さんが目を覚ました。最初はここがどこか分からないようできょろきょろと辺りを見回していたけれど、その視界にお妙さんが入った瞬間、勢い良く上体を起こして相好を崩すのだから筋金入りだ。 「お妙さん!ようやく俺の気持ちを受け入れてくれたんですね!」 「寝言は寝て言えクソゴリラ」 ………満面の笑みなのが逆に怖いよ、お妙さん。 近藤さんはそんなことを言われるのにも慣れているのか、俺ほどダメージを受けた様子はなく、俺の存在を目に留めた。 「あれ?君はさっきの」 「あ、です。この向かいに住んでます」 一応居住まいを正して自己紹介すると、隣でお妙さんが溜め息を吐いた。 「ちゃん、自己紹介なんてしなくてもいいわよ」 「ちゃん!?君、お妙さんとはどんなかんけぶはあ!!」 「!?」 さっきの近藤さんは鉢植えをぶつけられて横に吹っ飛んだんだったけど、今度は気付けば床に沈んでいた。…お妙さんの拳によって。 「お妙さん…」 「ちょっとこのゴミ、外に捨てて来るわね」 歯向かえば俺も同じ目に合うと思ったわけじゃない。そうじゃないけど……普段は優しい近所のお姉さんの思いもよらない一面を目にした俺には、黙って頷くことしか出来なかった。 近所のお姉さんにストーカーがいるようです
( リクエストどうもありがとうございました! )
( 2010/12/05 ) |