視線の在り処






(つっまんねえ)


 何だってこんなにこの中学の授業のレベルは低いのだろう。その公式もその言葉も、もう随分前に家庭教師に教わった。説明だってもっと分かりやすかったように思う。今まで何とも思ったことはなかったが、家庭教師たちのレベルは高かったのかもしれない。
 獄寺は机に肘をついて黒板を眺めていたが、あまりのつまらなさにそれすらも止めた。そうしてぼんやりとクラスメイトたちの顔を見回してみる。どれも名前は出てこない。覚える気がないのだ。自分が覚える名前は、10代目のものだけで良い。
 ―――けれど。覚えたくなくても、覚えてしまう名前というものはあるものだ。山本もその一人だが、彼の場合はまだ良い。獄寺にとってはとても気に食わないことだが、10代目が気に入っているようだから、覚えてしまうのも分かる。だが、山本ではないもう一人の場合は何故覚えたのか、幾ら考えても分からなかった。
 。同じクラスだが席は遠く、話したことは一度も無い彼の名前が、獄寺が覚えようと思った訳でもないのに、自然に覚えてしまった名前だ。10代目との会話の話題にもなったことはないし、別段人気者という訳でもない。それなのに何故か、彼の名前はすんなりと覚えてしまった。


(…欠伸してやがる)


 そして気付けばこんな風に、彼を視線を追ってしまっている。
 教師に見つからないよう教科書で隠しながらの欠伸は、けれども獄寺の席からはよく見えた。昨日の夜は一体何時まで起きていたのか、続けてもう一回。浮かんだ涙を拭う姿は、まるで小さな子供のようだ。外見はあんなにも綺麗で、大人びているのに。


(!キレイって何だよ俺…!)


 違う、違う、そんなつもりで見ていたんじゃない。そう思えば思うほどそれは言い訳のように感じてくるのだから不思議だ。そもそも脳裏で思っただけのこと、誰が聞いている訳でもないというのに。何故自分は、ここまで焦っている。こんな些細なことで調子を崩すようじゃ、10代目の右腕になる日も遠い。
 ふう、と短く息を吐いて、もう一度の方へ視線を向ける。また欠伸なんかしてるんだろうか。そんな風に思っていたから、と目が合った瞬間、心臓が口から出そうなほどに驚いた。


「っ……」


 動揺が、思わず表に出てしまった。はそれに吹き出しそうになって、慌てて口元を押さえている。
 笑ってんじゃねーよ。口パクでそう言えば、同じように口パクで謝罪が返ってきた。それも極上の笑顔付きだ。ごめんの意味が全くない。




 それでも。視線が逸らせないでいるのは何故だ。







( 2006/09/12 )
(あれれ、主人公がごっきゅんにベタ惚れ話を書こうと思ってたのに)
(ごっきゅんが主人公にベタ惚れってどういうこと!)