「先生とキスしたんだって?」 一瞬、何を言われたのか分からなかった。ぱちくりと目を瞬かせたわたしを、先輩はにやにやと笑いながら見てくる。あのことを言われているのだと気付くのと同時に、顔が熱くなった。 「なっ…なんで知ってるんですか!?」 「ごめんな。先生に聞いた」 「若ちゃんてば…」 あの先生はほんと何考えてるんだろう。あんなこと、人に言わなくたっていいのに。でも若ちゃんのことだから、「この間、生徒を支えたら口と口がぶつかってしまったんですよね」くらい言いそうな気もするし…なんだか怖くなってきた。 「あ、言い触らしてはないと思うぜ?あの人もそういうとこは弁えてるはずだし」 わたしの心配を察知した先輩が、素早くフォローしてくれる。嬉しいけど、先輩が知ってること自体が問題なんだよね…。 「でも先輩には言ったんですよね?」 「そりゃ、俺は先生と仲良しだから」 満面の笑みの先輩。何となく嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。 とにかく、知られてしまったなら仕方ない。他の誰にも言えなかったことだし、どうせなら思っていたことをぶちまける良い機会かもしれない。 「…わたし、ファーストキスだったんですよ」 「相手が先生じゃ不服?」 「いえ、そういうわけじゃないですけど、やっぱり好きな人と、もっとちゃんとしたかったって言うか」 別に、ロマンチックなキスを夢見ていたわけじゃない。だけどファーストキスに思うところは色々あったわけで、まさかあんな風にしてしまうとはまったく想像もしていなかった。 相手が人気者の先生っていうのは、そりゃあ美味しいのかもしれない。でも、それはわたしが若ちゃんを好きだった場合の話。まだ経験がなかったわたしには、若ちゃんとキスできてラッキー!なんて風には、到底思えなかった。…まあ、だからと言って特に好きな人がいたわけでもなかったし、すぐに事故だと割り切れたんだけど。 先輩はわたしの話を黙って聞いてくれた後、視線を彷徨わせて、小さくぽつりと呟いた。 「…俺は先生とキスできるなら、どんなシチュエーションでもいいけどな」 「え?」 何だか今、物凄い重大発言を聞いたような気がして顔を上げると、先輩はわたしではなく、違う場所―――グラウンドの真ん中で生徒に囲まれている若ちゃんを見つめていた。その視線の柔らかさに確信する。…先輩は、若ちゃんが好きなんだ。 頭が良くて、陸上部のエース兼部長で、それに何よりすっごく綺麗な先輩。今まで浮いた噂を聞いたことがなかったのがずっと不思議だったけど、今回のことで納得がいった。 「ごめんなさい、わたし、」 「ん?ああ、聞こえたのか。いいんだ、お前が謝ることない。でも、先生には秘密な」 顔の前で人差し指を立てて、にっこりと微笑む。その笑顔が思いのほか優しくて、どきりと胸が跳ねた。 少し、残念だった。先輩が若ちゃんを好きでなければ、わたしは先輩を好きになれるのに。こんな顔をされたら、例え先輩が片想いであっても付け入る隙がないのは明らかで、好きになんてなれない。 「大丈夫です。絶対言いません」 「サンキュ」 笑いながらくしゃくしゃとわたしの頭を撫ぜる、その姿は本当に格好良かった。 …ああなんかもう本当、もったいない、なあ。 片想い未満。
( 2010/10/16 )
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