好きとはどういうことですか? 「嵐、昨日バンビちゃんとデートだったんだって?」バンビちゃんと言えば、うちの学年でお嫁さんにしたいNo.1。そんな子が昨日、嵐とふたりで仲良くデートしていたという噂を聞いたのはついさっきのことだ。これは確認しなければ!と思って嵐の席の前に座ると、机に突っ伏していた嵐が怪訝そうに顔を上げた。 「…デート?誰と誰が?」 「嵐とバンビちゃんが」 嵐は一瞬、バンビちゃんが誰だか分からなかったようだ。嵐はバンビちゃんのことを名前呼び捨てで呼んでるし、そもそも彼女のことをバンビと呼ぶのは俺を含めて3人しかいない。だけど少し考えればそれが誰を指すのか分かったようで、ああ、と声を漏らした。 「デートなんかじゃねぇよ。柔道部の買い出しだ、買い出し」 「買い出し?」 「あいつ、柔道部のマネージャーだもん」 わざわざ2回言って強調しなくてもいいのに。それにバンビちゃんが柔道部のマネージャーということは知ってる。柔道部は嵐とバンビちゃんのふたりで作り上げたものだからこそ、ふたりは付き合ってるんじゃないかと思われているのだから。 「ていうか、付き合ってねーの?」 「ねーよ」 「ほんとに?」 「しつけーなぁ。本当だって」 しつこいと言われても気になるものは気になる。バンビちゃんは結構仲良い男子いるみたいだけど(俺もだし)、嵐が仲良く話す女子なんてバンビちゃんしかいないんだから怪しいじゃないか。…ん?てか、もしかして――― 「嵐の片思い?」 「何でそうなる」 俺を見る嵐の目が鋭い。お前バカか、と思っているのがよく分かる視線。バカじゃねーよ、普通の疑問だからこれ。 「バンビちゃん可愛いと思わない?」 「…そりゃ、思うけど」 「優しいし気が利くし」 「うん」 「カレンが絶賛するくらいおしゃれだし」 「まあな」 俺の言葉には肯定する嵐。分かってて好きじゃないとか、もしかして嵐の好みは変わってるんだろうか…。 「つーか、好きとか付き合うとか、いまいちよくわかんねーし」 「え、」 それって重大発言なんじゃあ。てことは、嵐が激ニブで、好きってことに気付いてないだけかもしれない。 ずくりと俺の中の老婆心が首を擡げる。 「好きっていうのは…そうだなあ、誰かのことを守ってあげたいとか、抱き締めたいとか、誰にも渡したくないとか、そういう風に思うことだと思うんだけど」 「……」 多分、と付け足して、俺なりの好きを答えると、何故か嵐はぴしりと固まった。まだ誰にも感じたことがなければ、こんな風にはならない。つまり嵐は今俺が言ったことを、誰かに対して感じているわけで。 「そういう人いるんだ?誰?やっぱバンビちゃん?」 嵐は一目惚れとかするようなタイプじゃなくて、内面を好きになるようなタイプだから、仲良い人が対象にはなるはずだ。身を乗り出してどきどきしながら問い掛けると、嵐は視線を逸らして、お前、と答えた。…………はい? 「……いやいや、俺男ですけど」 「わかってるよ」 「お前、俺のこと抱き締めたいの?」 せめてここで、んなわけねーだろ、と否定してくれたら良かったのだけれども。真っ直ぐな嵐は取り繕うこともしないで、こくりと頷いた。……マジでか。俺はどうすればいいんだ。 「つーか、チャイム鳴ってるぞ」 席戻った方がいいんじゃねーの、という嵐の言葉に促されて、のろのろと自分の席に戻る。おかしい。俺のこと抱き締めたいとか言ったくせに、嵐はまるでいつもどおりだ。何で俺だけが混乱しているんだ。授業を犠牲にして、そんなことをぐるぐる考える。 嵐が俺を好きかもしれないとかそういうのは置いといて、普通だったら男を抱き締めたいと思った時点で混乱するはず。あんなにもはっきり頷いたってことは、嵐が俺に対してそんな風に思うようになったのはここ数日の話じゃないだろう。…つまり、嵐が混乱する時期はもうとっくに過ぎたってことだ。そういや一時期、嵐が俺にだけやけに挙動不審だったことがあったけど……もしかしなくても、その時がそうだったんだろうか。 自分なりに推理してみたせいでリアルになっていく嵐の言葉。本当に俺はどうすればいいんだろう。さっきより切実にそう思って頭を抱えれば、後ろの方からぶっと吹き出す音が聞こえた。誰かなんて振り返るまでもない。嵐だ。 …くそ、授業終わったら覚悟しろよ、バカ嵐。
( 2011/07/11 )
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