空に太陽が昇り始めた頃。ようやく仕事を終えて、は屯所に帰ってきた。まだ辺りが薄暗い今は、屯所内で動き回る隊士たちの姿も少ない。おかえりなさい、と新米隊士に言われるのに頷いて返しながら、は真っ直ぐに部屋へと向かった。 の部屋は、原田の部屋と新八の部屋の間にある。新八の部屋の前を通り過ぎようとして、けれども中から聞こえてきた鼾にぴたりと足を止めた。少しだけ後退って、すす、と新八の部屋の襖を開いて中を覗き込む。 部屋の真ん中に敷かれた布団の上で、大の字になって眠る新八の姿が目に入った。掛け布団はその足の下にあり、既に意味を成していない。 大鼾をかきながら気持ち良さそうに眠るその姿は、疲れて帰ってきたに少しの腹立たしさを覚えさせた。部屋に入って布団の脇に膝をつき、むに、と騒がしい鼻と口を摘む。1、2、3、4、5…と15秒まで数えたところで、 「ぶはぁっ!!」 新八は目を覚ました。 「な、何だぁ!?」 がばっと上半身を起こした隙に新八の体を押し退けて、は主のいなくなった布団の上に潜り込んだ。朝の冷たい空気にすっかり冷えていた体が、新八の温もりでじんわりと熱を持っていく。 何が起きたのか分からずに目を白黒させていた新八は、の存在に気付くと大きく息を吐いた。 「か…気配消して近付くんじゃねぇよ、ったく」 言いながらもぞもぞと布団の中に入って来た新八は、ふたりがきっちり布団の面積内に収まるようにの体を抱き寄せた。 の体からは、ほんのりと男には似つかわしくない香の香りがした。本来ならばもっと香るはずだから、仕事先で湯を浴びて香りを落としてきたのだろう。けれど体に染み付いた香りは完全に消えなかったらしい。 山崎と同じ監察方をしているは、女にも見間違うような綺麗な顔を利用し、生活の3分の2は女装して情報収集を行っている。そのうちの半分は芸姑として島原に通っているため、こうして良い香りをさせて帰って来るのだ。 「いつ帰ってきたんだ?」 「ついさっき」 「お疲れさん」 「ん…」 大きな手のひらで背中を撫でられると、一気に眠気が襲ってきた。目を閉じてうとうととするにふっと笑って、新八も佐之に見られたら怒られんだろうなぁと思いながら目を閉じた。 君の知らない戦争 「おい新八、いつまで寝てるんだ?」躊躇無く襖を開いた左之助は、部屋の真ん中で布団を頭まで被って眠る新八の姿を認めて大きく溜息を吐いた。そのままずかずかと近付いて、がばっと掛け布団を剥ぎ取る。 「なっ…」 そして、抱き合って眠る新八との姿に固まった。 此処に来るより先に、同じく朝飯の時間になっても起きて来ないを起こすために彼の部屋にも寄ったのだ。いつもであればはどんなに帰りが遅くなっても寝坊したりなどしないから、珍しいこともあるものだと。けれど部屋はもぬけの殻だったので、入れ違いになったのだろうと思っていた。 そのが何故か此処で眠っている。新八の腕の中で、すーすーと寝息を立てて、気持ち良さそうに。 「………」 の腰に回る腕を退けて、男にしては細い体を抱き起こす。さすがにそれにはも目を覚まして、まだ夢の中にいそうな目で左之助を捉えた。 「あれ、左之…?」 寝惚けた彼は、温もりを求めて左之助の首に腕を回す。再び寝息を立て始めたその体をぎゅっと抱き締めてから、左之助は遠慮することなくぐうぐうと眠り続ける新八の体を踏み付けた。 「ぐおっ!?」 「ようやくお目覚めか?」 「てめぇ左之っ、何しやがる!」 あまりの痛さに覚醒し、がばりと起き上がった新八の目に、左之助に抱かれるの姿が映る。それだけで踏み付けられた理由に思い当たった新八は、あー、と頭をがしがしと掻いた。佐之助に見つかる前に起きるはずだったのが、思いのほか寝心地と抱き心地が良くてぐっすり眠ってしまっていたらしい。 「大方、に原因があるんだろうが…おまえなら俺の気持ちは分かるよな?」 怒りを孕んだその声に無言のまま頷く。左之助の心情を知ることなど簡単だった。今の状況を、新八と左之助を入れ替えて考えればいいのだ。そうすれば、不条理な、などと怒鳴ることなどとてもできない。 項垂れる新八を見ながら、左之助は小さく息を吐き出した。たった今新八に言ったとおり、きっとふたりが一緒に眠っていた理由はにあるのだと分かっている。それでも割り切れない感情を、新八に押し付けるのは八つ当たりでしかないということも。 「ったく、俺もお前も、に振り回されっぱなしだよな」 「…だな」 自嘲気味に呟かれた新八の言葉に、左之助も苦笑いを浮かべて頷く。こうして同じ立場にいるからこそ分かる、互いの感情。そういう意味でも、これ以上の理解者はいないのではないかと思う。 部屋の空気が和んだところで、ぽんぽんとの背中を叩く。そろそろ本当に起こさないと、土方が怒鳴り込みに来そうだ。 「、いい加減起きろよ」 「朝飯食いっぱぐれんぞ?」 「起きる」 朝飯という言葉に反応して、はむくりと顔を上げた。それから左之助と新八を見て、きょと、と首を傾げる。 「…此処、新八の部屋?何で?」 そんなにふたりは顔を見合わせて、今度こそ盛大に溜息を吐いた。これだから、振り回されているというのだ。
( 2010/10/05 )
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