、膝貸せ」


 ”明月”の姿でなら、酔っ払いの客にそう言われることがある。けれど今は、”明月”でも”志乃”でもない。本来の姿のままで、当然女装もしていない。
 そもそも俺が男だと新八はよく知っているのに、一体何のつもりなのだろう。戸惑う俺を他所に、新八はごろりと寝転ぶ。その頭は当然のように俺の膝に乗せられた。


「かてえ」
「…俺は女じゃないんだから当たり前だよ。柔らかいのがいいなら、千鶴ちゃんにお願いすれば?」


 普段女装しているからと言って、勘違いされると困る。新八は俺の言い分にからりと笑って、目を閉じた。


「そんなもん求めてねえよ。の膝じゃなきゃ意味ねえんだからよ」
「………」


 …別に、その言葉が嬉しかったわけじゃない。風に揺れる新八の髪の毛が柔らかそうに見えたから、つい触れたくなった、なんて。新八の頭に手を伸ばしてしまったことへの言い訳を、誰に知られるわけでもないのに頭の中で考えながら、さらりと新八の頭を撫でる。それに新八は目を閉じたまま口元を緩めた。
 天気の良い日の縁側で、新八とふたり。俺に頭を撫でられて気持ち良さそうな新八は、まるで猫のようだ。図体はでかいし性格もどっちかというと犬みたいだから、いつもはまるで似付かないけれど。


「…どうした?」
「え?」
「笑ってる」


 いつの間にか目を開けていた新八が、目を細めて笑っている。知らず知らずに笑ってしまっていたことを指摘されて、挙句の果てにそんな微笑ましそうに見られたら、羞恥が込み上げて耳まで熱くなった。きっと真っ赤だろう顔を隠したいのに、俺の膝の上から見上げる新八の視線からはどうやったって逃れられない。


「あー…ったく、そんな顔すんなよ」


 一体俺が、どんな顔をしているというのか。文句を言おうと口を開くと、伸ばされた腕に後頭部を引き寄せられて、がぶりと噛み付かれた。…半開きの、唇に。


「喰われちまうぞ?」


 荒々しい口付けの終わりは、案外すぐに訪れた。濡れた唇でそんな言葉を紡いでにやりと笑う新八からは、否が応でも男の色気が感じられて、もうこれ以上はないと思っていたのに、更に顔が火照る。


「…喰った奴が言う台詞じゃない…」


 両手で頬を覆いながら小さく呟いた言葉はあくまでもひとりごとで、新八に向けての言葉じゃない。だけど目と鼻の先にいる新八に届かないはずがなくて、俺の言葉を聞いた新八はははっと笑って、俺の頬を撫でた。

穏やかな一時を君とふたりで

( 2012/03/16 )