panic room







わさわさわさと足元に擦り寄ってくる細掃軍団。
極力見ないようにしていたというのに、ぞわっと背筋を這い上がった悪寒に震えて、思わず視線を下に向けてしまった。
……ああ神様、俺は例え地獄に落ちても、蜘蛛の糸にだけは絶対に頼りません。


「っぎゃーーーーーっ!!!」


出来る限りの大声で叫んで、隣の部屋でギミックを解除するのに夢中になっている九龍たちに助けを求める。
けれど誰も現れず、聞こえてきた「ちょっと待ってー」という暢気な声に本気で殺意を覚えた。
ちなみにその暢気な声の主は勿論九龍だ。


「無理っ、早く助けてくんないとマジで俺泣くーーーー!!」


寧ろ既に半泣き状態です。
ガスHGはさっきの戦闘で切らしちゃったし、甲太郎と同じく自慢の足技は出せそうもないし、俺1人じゃどうしようもない。
だって、動けない。
金縛りとは違うけど、それと同じように気持ち悪さで指一本動かせないんだ。
そう思いながらもう二度と足元を見ないように天井を見上げていた視界の端に、ひゅんっと物凄い速さで何かが飛んできた。
短い爆発音の後、ぐいっと引っ張られた腕の先を見てみれば。
埃に塗れた九龍と甲太郎、やっちーが其処に立っていた。
ちなみに俺の腕を掴んで細掃の残骸の山から抜け出させてくれたのは九龍、爆発物を投げたのは多分甲太郎だ。
(だって匂いと色から察するに、その爆発物はカレー爆弾だから)


「お?」
「お、じゃねえよ…。お前、何で好き勝手に囲ませてんだ」
は細掃が嫌いなんだよ。ね?」


このにっこり笑顔が曲者だ。
これだけを見れば優しげに見えるし、女だったらぐらっとくるのかもしんないけど。
こいつは俺が細掃を嫌いだって知ってて、この細掃ばかりの部屋に1人置いてきぼりにしたんだ。
俺だって九龍が手際良くギミック解除すんの見たかったのに!
俺は嫌みを込めて九龍と同じように笑って、腕を掴む九龍の手をもう片方の手で払ってやった。


「知ってんならもう少し早く助けに来て欲しかったなー俺」
「だっての慌てっぷり、見てて楽しかったんだもん」
「九チャンて腹黒い…」
「八千穂、何か言った?」
「ううん、何も。クン、大丈夫?」


そこで何気なく否定したのは正解だ、やっちー。
ぐっと指を突きつけたくなるのを抑えて、大丈夫だよと答えた。


「そっか、良かった」


ほうっと安堵したように、やっちーは笑った。
…やっちーは可愛いなあ、うん。
九龍にこの可愛さを見習ってもらいたい。
いや、容姿の問題じゃなく性格の問題だけどさ。
何せ九龍は容姿だけはいいんだ。
転校初日にほとんどの女子生徒を夢中にさせた容姿はバカに出来ません。
しかも俺も少し見惚れました、すみません。
あれはこれから一生涯背負うことになる汚点だと俺は思っている。


「…?、お前…」


俺とやっちーの遣り取りを見ていた甲太郎が、眉を顰めて俺に手を伸ばしてきた。
何されんだろうって思わず身構えたら、思ったよりも全然優しい手つきで目元に触れられる。


「泣いた、のか?あれしきのことで?」
「あー…半泣きだったから…涙出てた?」
「ああ」


指先でぐいっと拭われて、取り敢えずお礼を言った。
ていうか、聞き捨てなら無いことが1つ。


「甲太郎には苦手なものがないのか?」
「何?」
「俺はダメなんだよ…。蜘蛛といい細掃といい、あーやってわさわさ足を動かすようなものって。だからあれしきじゃないの、分かる?あーマジ気持ちわるっ!!」
「あ、ああ…悪かった…」


甲太郎の謝罪には満足したけど、わざわざ説明したおかげでさっきまでの俺の状況を思い出してしまった。
ぞわっと体中を走ったものに悪い予感がして、少しだけ腕を捲ってみる。
…うわ、やっぱ鳥肌。


「すっげ、そんなに鳥肌って立つもん?」
「うるさい見れば分かるだろ!」
「今日はもう帰ろうか?クン、無理っぽいよね」
「だな。俺も眠ィし…」
「甲ちゃんのそれはいつもだろ」


九龍の突っ込みを気にすることもなく、皆守はさっさと元来た道を歩き出した。
俺たちもその後を追いながら、そう言えば九龍の意見を聞いてないことに気が付いた。
ギミック解除してたし、本当はまだ潜るつもりだったんだろうに。


「九龍、」
「ん?」


俺の少し後ろを歩いていた九龍と隣になるように、少しだけ歩く速度を遅くする。
そして隣り合わせになった時、小さい声で呟いた。


「邪魔してごめん」


驚いたのか、九龍が俺の方を見たのが分かったけど、それは気付かない振りをした。
けれど隣からブッと吹き出す音が聞こえて、その音につられて見てみれば、九龍は腹を抱えて爆笑していた。
な、俺、そんな笑うようなこと言ったか…!?


、それこそ今更!気にしなくていーって、付き合って貰ってんのはこっちなんだし」


付き合って貰ってる。
九龍はそんな風に言ったけど、それは嘘だ。
俺がせがんで、こうして連れてきて貰ってるのに。
けれどそう言っても九龍が納得しないことは知ってたから、俺はそれには深く突っ込まないことにした。


「…うん、そーだな」


へらりと笑うと、九龍も何処か力が抜けたように笑った。
………さっきの、ちょっと訂正。
九龍に見惚れたのは汚点じゃなく、多分仕方のないことだったんだ。
だってこいつ、同じ男である俺が見てもかっこいい。


「九チャン、クン!置いてくよー!?」


やっちーにそう声をかけられて、俺たちは同時に前を見た。
歩く速度が緩んでいたせいか、かなり離れた所にやっちーと甲太郎は立っている。
置いてくよと言いながらも待っててくれる二人に俺は嬉しくなって、ぶんぶんと大袈裟に手を振り上げた。


「今行くー!」







ハバキのBL夢って訳じゃないんです。
一応友情なんですよ、これ…(うわあ)





2005/02/24