「なあ、野球って面白いの」 振り向いた先、フェンスの向こう。 其処には、長い指先をフェンスに絡ませた男が立っていた。 手を振って笑って 「誰、お前」 訝しむ表情を隠しもせずに聞くと、男は案外簡単に口を開いた。 「。此処の1年」 落ち着いた雰囲気で年上だと思っていた。 見抜けなかった自分の洞察力に舌を打つ。 と名乗った男は自分が舌打ちされたと思ったのか、遠めにも眉が顰められたのが分かった。 足元に転がるボールを拾って、軽く上に放り投げてはキャッチを繰り返しながら、に近付く。 元々帰ろうとして向かっていた練習場の出入り口の隣には立っているのだ。 ボールの動きを目で追っていたは、いつの間にか目の前にいた榛名に目を見開いた。 端整な顔が歪む。 「何でんなこと知りてーの」 聞くと、言葉を詰まらせては俯いた。 そのまま榛名も何も話さないでいると、決心したように顔が上がって目が合った。 「あんたが、」 「榛名」 突然言葉を挟むと、は訳が分からなさそうに首を傾げた。 話を遮られたのは何とも思ってないらしい。 ただ不思議そうに、ハルナ?と榛名の言葉を反芻する。 「あんたじゃねーよ。榛名元希」 分かりやすくもう一度、ゆっくりと名乗った。 はああ、と呟いた。 無表情だった顔が和らいで、ふっと目が細められる。 「ハルナって名字か。何かと思った」 「・・・で、俺が何?」 自分が遮ったのだが、気になっていた続きを促す。 「あー・・・えっと、榛名が一番楽しそうに野球してたから気になって」 思わず、ぽとりと手に握っていたボールを落とした。 ころころと転がるボールはの前まで行って、フェンスに当たって止まる。 しゃがみ込んだは、フェンスの小さい穴に何本か指を突っ込んで、ボールを取ろうとしている。 幾ら何でも無理なその行動に榛名はふと我に返って、ふうと息を吐きながら屈んでボールを拾った。 「あ、」 「取れるワケねーじゃん。・・・ボール触りたいのかよ」 うん、と意外にも素直に頷かれた。 榛名はフェンスの向こうに投げてやろうかとも思ったが、取れないで怪我されても困る。 どーせついでだと思う今日は、普段より幾分機嫌が良いのかもしれない。 ボールを握って、フェンスの外への出入り口を潜り抜けた。 フェンス越しじゃなくと向き合う。 ほら、と渡す時に少しだけ触れた手は、ひんやりと冷たかった。 「サンキュ」 「、いつからいんだよお前」 「野球部の練習始まった時からずっと」 開いた口が塞がらなかった。 野球部が練習を始めて終えた後も、榛名は一人で自主トレしている。 もしかして何時間もこの寒い中、は此処に突っ立って見ていたというのだろうか。 恐る恐るといった風に聞いてみると、またもや素直に頷かれる。 榛名は無意識に二度目の溜息を吐いていた。 「暇人」 「うるせ。つか榛名、俺の質問に答えてねーし」 榛名が一番楽しそうだったと言われてから、何気にはぐらかしていた話題に戻される。 榛名はがしがしと頭を掻いて、ぽつりと呟いた。 「・・・好きなんだよ、野球も部活も」 視線を逸らしたのは、好きと言うことに抵抗があったからだ。 はそれに気付いて、ふっと笑った。 「俺もバレー、好き」 「バレー?やってんの?」 「うん。今日突然部活休みになってさ、暇んなってどうすればいーのか分かんなくて、野球部見てた」 「ふーん」 成程な、と榛名は思った。 普段部活をやっていて、それが急になくなった時にどうしていいか分からなくなるという経験は榛名もしたことがある。 手持ち無沙汰に暇を持て余していたからこそ、ずっと自分とは関係のない野球部の練習も見ていられたのだろう。 「でも榛名が楽しそうにやってんの見てたら時間忘れてた。結構有意義に過ごせたし」 「・・・お前さ、それ止めろよ」 「何?」 「その、俺が楽しそうってやつ」 言われる度に込み上げる歯痒さに、どうしていいか分からない。 表情を歪める榛名には面白そうに目を細めて、それでも分かった、と頷く。 それから制服のポケットから携帯を取り出して、サブディスプレイに表示された時間に短く声を上げた。 「もうこんな時間か」 ポケットに携帯を押し込んで、肩からずり下がった鞄を肩にかけ直す。 すぐにでも帰りそうなに、榛名は気付けば話しかけていた。 「って何組?」 「A組だよ。榛名は?」 「B」 短く答えると、は隣だなと言って顔を綻ばせたが、すぐに眉を顰めてしまった。 「悪いけど、俺んち門限うるさいから、もう帰んなきゃいけないんだ。付き合ってくれてサンキュな」 「・・・別に。ただ話してただけだし、礼言われる筋合はねェよ」 「そっか。――――じゃあ、な」 名残惜しそうに間をあけた後、くるっと踵を返して走り出す。 10歩くらい進んだ所では振り向いて、満面の笑顔で榛名に向かってぶんぶんと手を振った。 「榛名、また明日!」 返事を聞かないまま、は榛名にまた背中を向けて、今度はすぐに見えなくなった。 残された榛名はその言葉を口の中で反芻して、ふっと笑う。 当たり前のように約束された、明日。 それが何となく嬉しくて、疲れた体も元気になったような気がした。
榛名の性格いまいち掴みきれてないんですが。 |