、お腹空いた」
「何か作ってよ」


 の部屋に押しかけて、双子は開口一番にそうねだった。突然の来訪には目を丸くする。ぼんやりしていたせいですぐには状況が把握できなかったが、この時間帯、ふたりは門番中であるはずである。ぱたんと本を閉じて、首を傾げた。


「ダム、ディー。仕事は?」
「今は休憩中だよ」
「お腹が空いて集中できなくて」
「「ね」」


 顔を合わせて互いに頷き合った後、双子は厨房に連れていくためにの腕を掴んで無理矢理立たせた。はされるがままになりながら、きっと今頃双子を捜し回っているだろうエリオットを思って苦笑いを浮かべる。


「それは構わないけど…あんまりエリオットを困らせちゃだめだよ」
「いいんだよ、あんな馬鹿ウサギ」
「そうだよ、ひよこウサギなんて気にすることないよ」
「だーれーが馬鹿でひよこウサギだって?」


 いつの間に現れたのか、双子が開けっ放しにしていたドアのところにエリオットが立っていた。探し回っていたのか、少しだけ息が荒い。双子を睨み付ける合間にちらりとを一瞥した視線には、どこか申し訳なさが浮かんでいた。大丈夫だよ、という意味を込めてにこりと微笑み返すと、視線が和らぐ。


「お前のことに決まってるだろ」
「そんなこともわからないなんてやっぱり馬鹿だね」
「何だと!?」


 どう考えてもケンカを売っているとしか思えない物言いをして、双子はの背後に回って、両脇からエリオットに向けて舌を出した。それでエリオットは本格的にキレたらしかった。ずかずかと部屋の真ん中まで踏み込んできて、を自分の方へ引き寄せる。


を巻き込むんじゃねーよ!」
「「ふーんだ」」
「てめぇら…っ」


 放っておくと、このやり取りはいつまで経っても終わらない。は短く息を吐くと体を反転させて、エリオットの背中をぽんぽんと叩いた。取り敢えず落ち着いてもらわないと、話が進まないのだ。


「エリオット、少しふたりを俺に貸してくれる?」
「あ?」
「ふたりとも、お腹空いてるんだって。今から作ると時間かかるから、作り置きのやつしかないけど…いいよね?」


 前半はエリオット、後半は双子に向けて。言うとエリオットは不承不承頷き、双子はぱあっと笑顔になった。


「うん、いいよ。やったね兄弟」
「やっぱりは優しいね、兄弟」
「…そいつら甘やかすなよ、


 向き合って嬉しそうに笑い合うところは年相応で、にとって双子は可愛い弟たちのようなものだ。だからこそ甘えられたらあまり断れないのだが、エリオットにとっては小憎たらしい存在でしかないのかもしれない。不服そうにしているエリオットに、は苦笑いを向ける。


「甘やかしてるつもりはないんだけどね。気を付けるよ」


 しかしその言葉を、双子たちが納得するわけがなかった。


「余計なこと言うなよ」
「そうだそうだ。一番甘やかされてるくせに」
「なっ…」
「はいはい、ケンカはそこまでね」


 思いもよらない反論に、エリオットは絶句する。それはも同じだったが、エリオットより早く我に返り、次に向けられるだろう自分への視線を避けるために、双子たちの手を取って慌てて部屋を出た。追って来ないところを見ると、言葉の意味を考えて動けないのだろう。
 それにしても、とは食堂へ向かいながら胸のうちで溜息を吐いた。双子を甘やかしているつもりがないように、エリオットを甘やかしているつもりもなかったのだが。未だ手を繋いだまま、を挟んではしゃぐ双子には、そう見えていたのだ。
 子どもよりエリオットを甘やかす理由。それはもちろん、何も彼が双子より子どもっぽいから、というわけではない。思い当たる理由には苦笑して、これからは気を付けよう、とこっそり心に決めたのだった。


「はい、どうぞ」


 食堂に着いて、嬉々としてテーブルに座った双子の前に置かれたのは、明らかに原材料が分かるようなオレンジ色のプリンだった。カラメルの代わりに掛けられたソースもそれより濃いオレンジ色をしているところを見ると、多分というか間違いなく、にんじんが使われているのだろう。
 思わずうんざりしかけたが、の前でそんな表情は浮かべられない。飲み物を用意するために厨房へと戻っていったに聞こえないよう、こそこそと双子は耳打ちし合う。


「…どう思う?兄弟」
「…とりあえず、あのひよこウサギが憎らしいよね、兄弟」


 これだからエリオットは、に一番甘やかされているというのだ。

キャロットプリンの逆襲

( 2009/04/26 )