がブラッドとふたりでいるところを見ると、何でか胸の辺りがきゅうっと締め付けられた。そのくせ、とふたりきりなのが俺自身だと、嬉しくて仕方ないのに妙にそわそわして、泣きたいような切なさに襲われた。それに、を好きなのに、ブラッドやアリスに対するようにはその一言が言えなくて。好きなのに言葉が出ない、その理由が分からなくて、苛々した。 ブラッドはそんな俺に、仰々しく溜息を吐いた。俺を見る目は、ほとんど蔑みに近い。 「私の右腕ともあろう男が、そんなに鈍いとは思わなかったが」 その言い方からも、ブラッドが俺のこの苛々の理由を知っているのは明らかだった。相談したことなんて一度もないのに、やっぱりブラッドは凄い。 「教えてくれよ、ブラッド。気持ち悪くて仕方ないんだ」 普段なら、俺を不快にさせるものは撃ってしまえば気が楽になる。だからこんなに悩まなくて良かったのに、を撃つわけにはいかない。だからこそ積もり積もって、どうしようもなくなる。 縋るように問い掛けると、ブラッドは俺を一瞥して、優雅に紅茶を口に含んだ。そう言えば、今は昼の3時のお茶会なのに、がいないのは珍しい。もちろん、本人の前でこんなことを聞けるわけがないから、いないのはありがたいんだけど。 「断る。何故私が教えてやらなければならないんだ」 「そんなこと言うなよ〜…」 「だったら聞くが。お前、本当に気付いてないのか?」 ブラッドの珍しく感情の篭った強い声を向けられて、びくりと体が強張る。のことになると、ブラッドはこんな風に感情を露にすることが多い。それはブラッドにとっては特別な存在ということで、だからこそ、俺は―――…この気持ちに、名前を付けなかったんだ。 「っ…」 「やはり、な。気付いているんじゃないか」 軽い調子で好きだと告げて、"好き"の意味がブラッドたちに対するものと違うんだって気付くのが怖かった。そうしたら、を俺のものにしたくなる。ブラッドの特別である、を。それはブラッドへの裏切り行為だ。俺はブラッドを絶対に裏切らない。だけど、への気持ちが抑えられる自信もない。だったら最初から、好きだなんて言わなければいい…そう、思ったんだ。 気付いて、思い知らされて愕然とする。最初の頃は簡単に閉じ込めておけるような小さな想いだったのに、いつの間にこんなに大きくなっていたんだろう。 「その情けない顔を、お嬢さんにも見せてやりたいものだ。彼女ならきっと、面白い反応を返してくれただろうに」 「だって、はブラッドの特別な存在で…」 「そうだな、は私の特別で大切な友人だ」 「だから俺は、」 「だから、を傷付ける者は許せないんだよ、エリオット」 ブラッドがにっこりと微笑んだのと同時に、腹に強い衝撃を受けた。一瞬目の前に光が走って、呼吸が出来なくなる。 イスから転げ落ちてげほごほと咳き込む俺を、ブラッドは冷ややかな視線で見下ろしてきた。 「が、傷付いてるって…げほっ、俺のせい、で、か…?」 だからこそブラッドは俺を杖で殴ったんだろうが、その理由が分からなかった。最近は苛々が溜まっていてにも会わないようにしていたから、がどんな表情を浮かべていたかも分からない。 「そんなことにも気付かないどこかの愚か者に避けられているらしい。本当に腹立たしいことだ」 何故か今更、最後に見たの顔を思い出した。エリオット、と俺を呼び止めた時の。あまり視線を合わせないようにしていたし、その後すぐに仕事があると言って切り上げたから、その時は全然気付かなかったけど。…はいつものように静かに微笑みながら、それでもその裏で、泣きそうなのを必死に堪えていた。 「に想いを告げるより、傷付けることの方が私に対する裏切りと思え」 声と一緒に風を切る音がして、もう一発、腹に杖がめり込む。そこで俺の意識は途切れた。 彼 に 忠 誠 を 、 目を覚ました時、辺りは真っ赤に染まっていた。ブラッドとお茶会をしていた時は昼だったから、意識を失っている間に時間が変わったんだろう。だがはっきり時間が定まっていない此処では、どれくらい気を失っていたかも分からない。大分疲れが取れているところを考えると、短い時間ではないみたいだ。僅かに腹部に残る痛みと色々なショックで、目を覚ましても動く気になれなかった。けれど右手に違和感がしてそっちに視線を向けると、が俺の手を握り締めているのを捉えて驚く。 「…」 名前を呼ぶと、は跳ね上がるように顔を起こした。目が合って、思わずふたりでしばらく固まる。最初に動いたのはだった。 見開かれていた瞳が細められて、口元が緩められる。久し振りに見る、泣きそうじゃない、本来の笑顔。それを見ただけで、痛みが和らぐような気がするから不思議だ。 「良かった…全然目を覚まさないから、心配した」 「どうしてがここに?」 「あのお茶会、俺も呼ばれてたんだ」 そう言えば庭で意識を失ったはずなのに、ここは俺の部屋だ。ブラッドが運んでくれるわけがないから、遅れてきたが手配をしてくれたのかもしれない。 「何があったの?」 「ブラッドから聞いてないのか?」 「問い詰めても何も教えてくれなかった」 は少しだけむくれるような仕草をして、それから真剣な目で俺を見つめてきた。 「気を失うくらい殴られるようなことをしたの?いくらブラッドの機嫌が悪くても、普段はそこまでしないよね」 普段の俺とブラッドの関係を知っているからこその問い掛け。ブラッドは気まぐれに俺を殴ったりするけど、それで気を失うなんて余程だと思ったんだろう。 思わず苦笑いが零れた。はそんな俺に、不思議そうに首を傾げる。 「生きてるのが不思議なくらい、かもな」 「…一体何を、」 「を傷付けた」 俺の言葉に笑いかけていたの表情が、不自然なまま固まる。未だ俺の手を握り締めたままだった手のひらが、急速に熱を失っていくのが分かった。 「、…え」 「好きなんだ、が」 見つめる先の瞳が揺れる。すんなりと言葉が出たことに俺も驚いたけど、やっぱりの方が衝撃は大きいようだった。 失った熱を与えるように、今度は俺がの手を握り締める。がびくりと肩を揺らしたのが、繋いだ手から伝わってきた。 「…うそ、」 「嘘じゃねえよ」 「だ、…だったらなんで、俺を避けて…っ…」 たった今まで俺を看てくれていたはあまりにも普段どおりで忘れかけていたけど、それはあくまでも演技で、本当はずっと気を張っていたのだと。揺れる瞳からぼろぼろっと零れ落ちた涙を見て、俺はようやく気付いた。 また気付くことのできなかった自分に対して込み上げたイラつきは、が嗚咽を漏らさないよう、自由に動かせる方の腕に目元を押し付けて、必死に堪えているのを見た瞬間治まった。そうだ、今は苛々している場合じゃない。 「…ごめんな。俺が避けることで、が傷付くとは思わなかったんだ」 手を伸ばして、宥めるようにの柔らかな髪を撫でる。この髪も、その目も、声も、何も、かも。愛しくて、恋しくて、欲しくて堪らなかった。そういう自分の感情を抑えることに精一杯で、がどう思っているかなんて考える余裕がなかった。だから、ブラッドに言われるまで気付かなかった。…もちろんそんなのはただの言い訳でしかないけど。 は泣きながらはっとした表情を浮かべて、ふるふると首を横に振った。その動きは緩慢なのにどこか必死に見えて、妙に胸が切なくなる。 「エリオットだから傷付くんだ」 「…え?」 「好きな人に避けられたら、誰だって傷付く」 人は驚きすぎると言葉を失うんだって、その時俺は初めて知った。 未だ繋がれた手が、かたかたと震えている。その震えがのものなのか俺のものなのか分からないが、もしかしたら俺のものなのかもしれない。 正直な話。俺はを好きだけど、も俺をそういう意味で好きなんだとはまったく考えたことがなかった。何せ俺らの間にはブラッドがいる。そのブラッドを差し置いて、が俺を好きになってくれるなんて有り得ない。 そう、思っていたのに、 横たわる俺に、縋り付くようにが泣いている。その唇から、涙と一緒に好きだと言葉が零れ落ちる。まるで、まだ夢の中にいるみたいだ。 だけど他の誰でもないから伝わる温もりが、これを現実だと教えてくれる。 「」 名前を呼ぶと、は涙に濡れた瞳で俺を真っ直ぐに見つめてきた。少しだけ体を起こして、舌先で涙を掬い取る。そのまま固まるに、唇同士が触れるか触れないかの距離で、もう一度「好きだ」と囁いた。うれしそうに相好を崩したの唇は、どんなケーキよりも甘かった。 君 に は 愛 を 。
突っ込みどころが満載ですが、これでようやくイチャラブができる…!
( 2009/12/05 ) |