バスタイム 「………」ばっちりと目が合った瞬間、はまるで石になったかのように固まった。隣ではエリオットがけろりとしているし、湯船の中でもいつものように双子たちが玩具で遊んでいるからの反応が異常のように思えるけれど、これが普通なのだ。普通、なのだけれど。……他の人たちが異常過ぎたせいで、物凄く感激してしまう。 「どうした?。早く入ろうぜ」 「…え!?入るの!?」 エリオットに背中を押されて石化が解けたは、かけられた言葉にぎょっとして、慌てた様子でこちらに視線を移してきた。それでまた目が合ったのも束の間。彼はみるみるうちに真っ赤に染め上げた顔を、勢い良く横に逸らした。 いいなあ、この反応…。私が求めていたのは正にこれ。決して女性扱いされたいわけではないけれど、こういう普通の反応を返されるとほっとする。 「?入らないのか?」 「いや、だって、アリス…」 「アリスがどうかしたのか?」 不思議そうにするエリオットに、は信じられないとでもいうような視線を向けている。エリオットは分からないだろうけど、私にはその気持ちがよく分かる。私も最初は信じられない気持ちだったから。有り得ないことに今は慣れてしまって、の裸にもに裸を見られることにも、何も感じなくなってしまったのだけれど。お互いタオルを巻いているとはいえ、年頃の女性としては失格だ。 「私のことなら気にしないで、。…いつものことなの」 「それは……何か、ごめん」 はどこまでも常識人だった。エリオットたちの代わりに謝ってくれる。彼が何故謝ったか分からないようなエリオットも双子たちも、もう少しそういうところを見習ってくれれば良いのに。 体を洗うとエリオットに背中を向けて、ダムとディーがパクパクくんで遊ぶ姿をぼんやりと眺める。よくもまあ、毎回毎回飽きないものだ。でも、きゃいきゃい言って楽しそうにしているところは微笑ましくて可愛らしい。…なんて、思っていたら。 「きゃあっ」 ばしゃっと勢いよくお湯をかけられた。 「わあっ、ごめんお姉さん!」 「ごめんね、ごめんね。大丈夫?」 「え、ええ…大丈夫よ」 前髪からぽたぽたと雫が垂れる合間から、双子が心配そうに覗き込んでくるのが見える。どうやらわざとではなかったようだ。 「おい、何やってんだよ。遊ぶのはいいけど、迷惑にならないようにしろよな」 「手元が狂ったんだよ!」 「馬鹿うさぎには関係ないだろ!」 「何ィ!?」 「アリス、このタオル使って。まだ使ってないから」 ぎゃあぎゃあと口喧嘩を始めた3人に構わず、がタオルを差し出してくる。頭に巻いていたタオルもびしょびしょになってしまっていたから助かった。受け取って、ありがとう、と微笑む。 「エリオット、そこまでにしてあげて。ふたりとも本当に悪気はなかったみたいだし」 「ん?ああ」 「そうだよ、悪気なんて全然なかったんだ」 「第一悪気があったなら、お姉さんじゃなくて馬鹿うさぎにかけるさ」 エリオットに怒られて拗ねたダムとディーは、むすりと顔をしかめながらの両隣を陣取る。ディーの言葉にかちんときたらしいエリオットも、先にに窘められているので大人しく湯船に浸かっている。 その様子は何だか一家族を見ているようで、自然と頬が緩んだ。 「あなたたち、家族みたいね」 「…そうかな?」 「エリオットが父親で、が母親。ディーとダムはふたりの子どもかしら。…ちょっと大きすぎるけど」 子どもを注意する父親と、優しく宥める母親。先程のエリオットとは正にその像に当てはまる。 「ええ?が母親なのは良いけど、馬鹿うさぎが父親なのは嫌だよ!」 「そうだよ!馬鹿うさぎが父親になるくらいなら、ボスの方がマシだよ!」 マシ、という言い方はどうかと思うのだけど…。とりあえずこの場にブラッドがいなくて良かったと思う。いたらきっと、余計複雑なことになっていたはずだ。 「俺だってお前らの父親になんてなりたかねぇよ!でもな、の旦那は例えブラッドにだって譲らねぇからな!」 こうして言い合う双子とエリオットを見ていると、似た者親子という感じでまったく違和感がない。当事者たちには分からないものなのかしら、と溜め息を吐きながらを見ると、3人を宥める顔が少しだけ赤く染まっていた。のぼせたわけではないだろうから、きっとさっきのエリオットの言葉が効いているのだろう。 大好きな母親が自分たちより父親を好きだったら、そりゃ父親に反発したくもなるわよね…。そんな近所のおばさんのような心境で、一向に治まる気配のない言い争いを眺めた。
( 2011/05/08 )
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