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 剥き出しになったエリオットの肩の弾痕に手を這わせる。何度も目にしてきたこの痕に、こうして意図して触れるのは初めてだった。分かってはいたけれど、引き攣った皮膚の感触に、自然と顔が歪んでしまう。


「どうした?」
「うん…」


 なんて答えればいいのか分からず、シリルは言葉を濁して指先を肌の上で滑らせる。


「くすぐってぇ」


 くすくす笑うエリオットの息が髪にかかる。見上げるとエリオットが笑うのに合わせて、ぴょこぴょこと耳が揺れているのが見えた。
 目が合って、更に笑みが深くなるこの瞬間を、シリルは何度愛しく思っただろう。


「エリオット」
「ん?」
「死ぬのが怖いって思ったことある?」
「いや、ねぇぜ?」


 予想はしていたのに、即答されたことにシリルは思いの外ショックを受けた。そのことに気付いたのだろう、エリオットは傍目にもあたふたして弁明しようとする。


「ほ、ほら俺、ブラッドに殺してもらうって約束してるしな!」
「…そう、だよね」


 その約束のことはシリルも知っている。エリオットから何度も聞いて、まるで自分のことのように話せるくらいだ。ただ、何度聞いても慣れることはなかった。エリオットは、シリルの中でどんなに自分の存在が大きいのか分かっていない。好きな人が殺されるという話を、誰が好き好んで聞きたいと思うだろう。


「…シリルは怖いのか?」


 頷いてから、何も言えなくなってしまったシリルに、エリオットは静かに問い掛けてくる。けれど、シリルは答えられない。


「なぁ、シリル」


 外した視線を無理矢理合わされて、そのまま逃げられないようにするためなのかがっちりと腰を抱き込まれる。こうなったら話すまで離してくれなさそうだ。シリルは短く息を吐いて、口を開いた。


―――…俺は、エリオットが死ぬのが怖い」
「俺が?」


 エリオットはそんな答えが返ってくるとは少しも考えていなかったらしい。驚く彼に、こくりと頷く。


「エリオットがこういう傷を負うたび、怖くて仕方がなくなる」


 例えばその傷が、致命傷だったら。エリオットは時計になり、そしてその時計はブラッドによって壊されてしまう。そうしたら、シリルはその先一生エリオットに会えなくなるのだ。怖くないわけがない。考えるだけでもぞっとする。
 だがその感情はシリルのもので、エリオットのものではない。彼はブラッドに殺してもらうことを誇りとしているのに、それを踏みにじってまでわかってほしいと思うのは、シリルのエゴだ。


「…ごめん、変なこと言った。忘れて…」
シリルは、」


 だからそう切り出したのに、話を終わらせることをエリオットが許さなかった。


「え?」
シリルは俺が死ぬと嫌なのか」
「…うん」


 戸惑ったけれど、シリルの答えはひとつしかない。だからエリオットの目を見てしっかりと頷いたのに、エリオットは黙り込んでしまった。
 今まで生きてきて、沈黙をこれほど辛いと思ったことはない。それでも声をかけることは出来なくて、俯いて、ぎゅっと強く両手を握り締めてエリオットの言葉を待った。
 そして、少しした後。今まで以上にぎゅうぎゅうと強く抱き締められた。困惑しながらエリオットを覗き込もうとするが、その顔はシリルの肩に押し付けられていて窺うことが出来ない。


「エ、エリオット?」
「…シリルは、俺が投獄されてたの知ってるか?」
「え、う、うん」


 知らないはずがない。そのことで、友人であるユリウスにエリオットや帽子屋ファミリーには近付くなと釘を刺されていたのだから。
 それがどうしたのだろうと思いながら、おずおずとエリオットの背中に腕を回す。エリオットの体が小さく震えていたのだ。抱き締め返せば、まるで今まで呼吸を忘れていたかのように、細く長く息を吐き出す音が聞こえた。


「それは俺が死んだ友達に止めを刺したからなんだ。あいつは俺にとって代えのきく奴なんかじゃなかったから、違う存在になることがどうしても耐えられなかった」


 ぽつりぽつりと明かされるエリオットの過去に、はっと息を呑む。ユリウスはそこまで教えてくれなかった。けれどシリルに言わなかった理由は何となく分かるので、責めることはどうしたって出来そうになかった。


「じゃあ、シリルはどうなんだろうって考えてみた」
「俺…?」
「ああ。…お前の言うとおりだな。シリルの場合は、違う存在になることもだけど、時計だけになることの方がもっと耐えらんねぇ。…シリルが死ぬのは、考えるだけでも怖ぇよ」


 何でそのことに気付かなかったんだろう。そう呟くエリオットの声は、掠れていて。


「ごめんな、シリル。…もう言わねぇようにするから」


 その言葉の後に、許してくれ、と。何故だかそんな風に続くような気がした。
 気遣うように宥めるように撫でられた頭を、ふるふると横に振る。気の短いエリオットが、そうやって考えてくれて、シリルの言い分を分かってくれただけでどんなに嬉しいか。だからエリオットが申し訳なさそうにする必要はないのだ。今はシリルこそが、感謝を述べるべきで。


「…ありがとう」


 抱き合っていて良かったと思う。離れていたら、泣きそうに歪んだ顔を見られてしまう。もしかしたら先程エリオットが強く抱き締めてきたのも、顔を見られたくなかったからなのかもしれない。そう思うと、目の奥が熱くなった。

scar

( 2011/05/10 )