「っエリオット!?どうしたのその格好…!」


 屋敷の中に入った瞬間、が慌てて駆け寄ってきた。そんなに凄い格好をしているんだろうかと腕を広げてみると、服は泥に塗れている上に破れていた。あちこちひりひりするところからしても、小さな傷もたくさん出来ているんだろう。
 何となく握り締めたままだったにんじんを見られるのは憚られて、背中の後ろに隠す。が、その腕を掴んでの目の前に突き出したのは、門のところで別れたはずの双子だった。


「見てよ!」
「聞いてよ!」
「てめぇら何でここにいやがる!!」
「ダム、ディー。どうかした?」


 の手前、銃をぶっ放すことも出来ずに怒鳴りつけるが、双子は慣れていてどこ吹く風。俺の声なんて聞こえなかったかのようにきれいに無視して、に余計なことを話し出した。


「僕らにんじんトラップを作ったんだ。普通なら誰も引っかからないような単純なやつだよ?」
「でも、馬鹿ウサギはそれに見事に引っかかったんだ。ほら、にんじんもしっかり持って離さないし」
「だからそれは、食べ物を無駄にしちゃ駄目だからだって言ってんだろうが!、これはだなっ……?」


 きっと無駄だろうと思いつつも弁解しようとに向き直ると、はくすくすと笑っていた。あまりにおかしそうに笑うから、俺も双子も思わず毒気を抜かれてしまう。


「はは…っ誰かと揉めたのかと思ったら、そういうことだったんだ」
「笑うなよな〜…」
「ごめんごめん」


 そう言いながらも、は笑うのをやめない。やめないというよりは、やめられないようだ。口元に手の甲を当てて、俯く肩が揺れている。
 そんなに、双子がこそこそと耳打ちしあう。


「…がこんなに笑うなんて、珍しいね、兄弟」
「そうだね、兄弟。それだけひよこウサギが間抜けだってことだよ」
「聞こえてんだよ!」


 耳打ちのくせに、声の大きさは普通で中身が筒抜けだ。絶対わざとに決まってる。双子には本当に腹が立つ。


「別に間抜けってことはないよ。食べ物を大事にするのは良いことだしね」


 ようやく笑いが治まったらしいは、目尻に浮かんだ涙を拭いながら双子にそう言った。当然双子は不服そうだ。俺もに間抜けと思われなくて良かったと思う反面、泣くほど笑われたことにはちょっと納得がいかないでいる。


「ふたりも、食べ物を粗末にしちゃだめだよ?」
「にんじんも?」
「にんじんも」
「「はーい…」」


 口を尖らせながら声を揃えた双子の頭を、「えらいえらい」と言いながら撫でる。それだけでぱあっと表情を明るくさせる双子は、曰くかわいいらしい。普段俺にはこういうところを見せないからその感覚はよく分からなかったが、今みたいなのを見ると、かわいいとは思わないにしても微笑ましくはある。


「それよりふたりとも、そろそろ仕事に戻らないと」
があとでデザート作ってくれるなら戻るよ」
「もちろんにんじん以外のデザートだよ」
「わかった、作っておく」
「約束だよ!」
「約束だからね〜」


 そう言いながら、双子はぱたぱたと走っていった。残された俺は溜め息を吐いて、は俺に手のひらを差し出してくる。


「それでゼリーでも作ろうか?」
「…いいのか?」
「ディーとダムにもデザート作ってあげないといけないし」


 経緯を考えると何となく躊躇われたが、せっかくがにんじんゼリーを作ってくれるというのに、意地を張って断るのはもったいない。だから素直に、差し出された手に持っていたにんじんを乗せた。


「あいつらには何作るんだ?」
「にんじん以外って言われちゃったから……紅茶のゼリーでも作ろうかな。これならブラッドとアリスも食べてくれるだろうし」
「………」


 が作る紅茶のゼリーは食べたことがないから、俺も食べたい。でも俺はにんじんゼリーがあるから、残念だけど今日は我慢だ。そう、思っていると。


「そんな顔しなくても大丈夫だよ、エリオットの分も作るから」


 余程物欲しそうな顔をしていたのか、俺の気持ちを悟った優しい恋人が、また声を上げて笑った。

キャロットゼリーの微笑み

( 2012/05/12 )