紅茶に合うデザートを用意しようと冷蔵庫を開けて、飛び込んできた光景に息が詰まった。
 ―――中に何が入っているかなど、分かりきっているはずだった。なぜならこの冷蔵庫を管理しているのはで、それを作ったのも、紛れもなく自身だからだ。
 冷蔵庫に詰まっていたのは、エリオットの喜んでくれる顔を思い浮かべながら試行錯誤して作ったにんじん料理だった。けれど、それそのものはそう問題ではない。問題なのは、彼の髪の色を連想させる、その色で。
 すれ違いざま、目も向けられなかった。あからさまに拒絶を示したを、エリオットは一体どう思っただろう。

ペチュニア

「……だから、必要ないと言ったのだが」


 背後からかけられた声にのろのろと振り向くと、珍しく自嘲的な笑みを浮かべたブラッドが立っていた。ブラッドが厨房に入ってくることなどいつもならば有り得ない。がこうなることを読んだ上で、こうしてやって来てくれたのだ。
 また、泣きそうになる。不意打ちの優しさには弱い。けれど涙は我慢して、無理やりに笑みを浮かべた。


「…うん、ブラッドの言うこと、聞いておけばよかった。ごめん」
「謝る必要はない、が、お茶会は延期にした方が良さそうだ」
「いや、ブラッドが良ければ付き合ってくれる?…今は、ひとりになりたくない」


 ひとりになればきっと、せっかく我慢した涙が溢れてしまう。ならばブラッドに付き合ってもらって話していた方が何倍も良い。
 の言葉にブラッドは目を見開き、それから唇の端を吊り上げた。


「そんなことを不用意に言うものではないよ。悪い男に喰われてしまうぞ?」
「ブラッドは悪い男じゃないだろう」
「世間一般では、私は悪い男の部類だと思うがね。それも極悪非道の、な」


 確かにそうなのかもしれない。ブラッドはマフィアのボスなのだから、真っ当な人間とは消して言えないだろう。けれどいくら他では悪いことをしていても、にはこうして手を差し伸べてくれる。それにが救われているのも確かだった。


「俺にとっては、優しい男だよ」
「―――」


 ぴしりと固まるブラッドを、初めて見た。背中を向けて咳払いする姿はどこからどう見ても照れているのを隠そうとしているようにしか見えなくて、思わずは笑ってしまう。今度は無理やりでなく、自然に。
 そうすればブラッドも目尻を下げて微笑むから、にとっては優しい男だと言うのだ。





( 2010/10/18 )