「これ、にやるよ」


 エリオットと腹を割って話すことで、すっかり不安を取り除いた翌日。そう言って照れくさそうにエリオットが差し出してきた包み紙を開くと、現れたのはブラックのコックコートとギャルソンエプロンだった。
 驚いて声も出ないは、目を見開いたまま視線を手元とエリオットで行き来させる。そんなに笑って、エリオットはまだ話していなかった真実を告げた。


「昨日お前じゃなくてアリスに付き合ってもらったのは、内緒にして驚かせたかったからなんだ。こないだ、新しいの欲しいって言ってただろ?」


 そう言ったことは、まだの記憶にも残っている。コックコートは何着か持っているが、きちんと洗濯していたとしてもずっと使えるものではない。古くなったコートを畳みながらぼそりと呟いた小さな望みをエリオットは拾い上げて、そして叶えてくれたのだ。
 昨日あれだけ泣いたのに、また涙が零れそうになる。けれどエリオットを困らせたくはないので、は包みを胸に抱いて精一杯の笑顔を浮かべて感謝を告げた。

ツルハナナス

「…機嫌が良さそうね」
「分かるか?」


 素直に認めたブラッドはよほど機嫌が良いらしい。無駄に笑顔を振りまくブラッドにアリスは軽く引いて、それからその原因であるだろう彼を思い浮かべた。


「昨日、とふたりでお茶会をしたのよね」
「それがどうかしたか?」
「…別にどうもしないけど」


 どうかもしないしどうもしないけれど。ブラッドの機嫌が良いのはきっと、その時に何かあったに違いない。
 ブラッドはを特別に可愛がっている。恋愛感情ではないのは見ていても明らかだが、そこには家族愛のようなものがあるようにアリスには見えた。それも兄と弟ではない。父と、娘だ。もちろん父はブラッドであり、娘がだ。


にとって、私は優しい男らしい」


 ふふ、と笑いながら教えてくれた一言に、アリスはブラッドの機嫌の良さに納得する。
 アリスから見て、ブラッドはけして優しい男ではない。笑顔の裏で何を考えているか分からない、狡猾な男だと思っている。昨日のエリオットとの買い物だってアリスがついていくことは突然決まったものの、きっとブラッドはすぐにその理由に思い当たっただろう。それをに教えないところからも、その程度は見て取れる。
 けれどから見ればそうではないのだ。ブラッドの狡猾ささえ彼は受け入れるから、例え初めはそんな気がなかったとしても、最後には本当にを案じる優しさに変わる。だからは本気でブラッドのことを優しい男だと思っている。
 その本気を感受したからこそ、今の機嫌の良いブラッドが出来上がったというわけだ。


(…そりゃ可愛がりたくもなるわよね…)






( 2010/11/10 )