この気持ちが恋になるまで

「お前ずっと寝てたろ」


 休み時間に入るとすぐに、斜め前の席に座る土方がにやりと笑ってそう話しかけて来た。その嫌みったらしい言い方に、は思い切り眉を顰める。


「…寝てねーよ」
「嘘だな。ぜってェ寝てた」


 断言されて、不思議に思う。先程は図星を指されて咄嗟に嘘をついてしまったが、確かに自分は寝ていた。だが、何故彼に分かるのだろう。土方が前を向いていれば、絶対に視界に入らない場所にはいるというのに。


「何で分かんだよ。お前の視界に俺入んねーだろ?お前のが前なんだから」
「さっき見たんだよ」
「だからって、何でずっとってわか…」
「土方さんは、ずっとのことチラ見してたんでさァ。今流行りのストーカーってやつですぜ、きっと」
「総悟、てめえ!」


 わざとらしく眉を顰めてそう言ったのは、俺の前の席に座る沖田だった。そんな沖田に机の上のペンケースをぶん投げてから(だが沖田は簡単に避けていた)、土方はに必死に言い訳をしようとする。いつもだったらとことん沖田と舌戦を繰り広げるというのに、今日はこっちの方が優先らしい。


「俺はお前が寝てんのバレないかって思って見てただけだ!」
「何でそんな慌ててんだよ」
「慌ててねえ!」
「…変な奴」


 慌てふためく意味が分からない。必死の様子で否定する土方に眉を寄せる。
 にそれ以上問い詰める意思がないと分かったのだろう。土方は安堵したようにほっと息を吐き、前を向こうとした。その安堵した表情にちょっとした悪戯心が湧き上がったは、にんまりと笑みを浮かべる。


「土方ってさあ…俺のこと好きなの?」


 ガタンッ、ガタガタッ
 狭い教室中に、騒がしい音が響き渡った。土方がイスに足を引っ掛け、机に突っ込んだのだ。
 こんなにも動揺する土方を見るのは初めてだった。普段から怒鳴ったり喚いたり騒がしい奴ではあるけれど、動揺して取り乱すタイプではなかった。
 は土方を助け起こそうと隣にしゃがみ込んで、覗き込んだ男の顔に目を見張った。耳まで真っ赤に染まっている。


「……冗談、なんだけど」
「…っ…お前、マジムカつく…!」


 真っ赤になった顔を腕で隠して、土方はその場に座り込む。けれど赤い耳は隠れず、の眼前に晒されている。


「………っ」


 肩が震えた。片手で口許を押さえて、は込み上げる笑いを押し殺そうとする。けれど込み上げる量は半端じゃなく、とうとう吹き出してしまった。


っ!」
「ははっ、悪い、とまんね…っ」


 腹を押さえて蹲り、は堪えることを諦めて笑い出した。土方に頭を殴られたが、痛くはなかったので本気ではないのだろう。
 ひとしきり笑った後、浮かんだ涙を拭いながらは土方を覗き見た。先ほどより赤みの引いた顔は、それでも普段よりは僅かに赤い。そうして思いつくのは、やはり悪戯で。


「土方、」
「…んだよ」
「今日、デートしよっか」


 にっこり笑ってそう言えば、元の位置に戻した筈の机が、もう一度ガタン!と倒れた。クラスメイトたちの爆笑の渦の真ん中にいる土方は、真っ赤な顔でを見る。
 情けないくらいに顔を真っ赤にしてても、やっぱり土方はかっこよかった。本気で言ってんのかと聞いてくる土方に、本気だよ、と返す自分はきっと、暑さでどうにかなってしまったに違いない。





( 2005/07/29 )
( 2009/08/06 )