、話があるんだ」


名前を呼ばれて振り返ると、そこにはいつもの取り巻きの一人が立っていた。
相手が酷く思い悩んだような顔をしていたから、悩みでもあるのだろうかと頷く。
クラスメイトだし、鬱陶しいとは言え一応友達でもあったから、相談くらいは乗ってあげようかと思ったんだ。
…だからそれがいけなかったなんて、この時の俺は知りもしなかった。






セカンドサード







口に水を含んでは吐き出し、また水を含んでは吐き出す。
それを何度か繰り返した後、ごしっと制服で口元を拭った。
けれど拭い切れない嫌悪感に、悔しさと吐き気が込み上げる。


「…?どうした?」


水道と向き合っていると背後から声をかけられて、吐き気を堪える為に口元を押さえながら顔を上げた。
鏡に映った声の持ち主は不機嫌そうに眉が顰められていて、そのいつもの表情に少しだけ気が和らいだ。


「……一護」
「調子悪ィのか?」
「うん…男にキスされた」


鏡を通して合っていた目は、驚いたように見開かれる。
無理もない態度に、苦笑いしか浮かばなかった。


「男に、って…」
「告白されて断ったら、無理やりね。俺、初めてだったのに」


振り向き際、笑ってやろうかと思った。
初めてが男なんて笑えるよなって、笑って。
けれどそれが出来るなら、きっとこんなに気持ち悪くなんてなかった。


「…女じゃないし、キスなんて何でもないって思ったんだ。相手もそう言ってた。…でも…」


ぼろっと涙が零れて、頬を伝う。
不意に見た一護は眉間の皺が更に増え、さっきよりも目は見開かれていた。


「あんなの、気持ち悪い…っ」


ごし、と口元を拭う動作を、何度も何度も繰り返す。
涙で制服が濡れるのは構わない。
ただ、あの感触を一秒でも早く忘れたかった。


!」


無心に口元を拭っていた腕を、一護に強く掴まれた。
痛いくらいの手の強さに、びくっと体が強張る。
あの男にもこうして、腕を掴まれたんだ。
でも掴んでいるのが一護なんだと認識すると、すぐに体の力は抜けていった。


「一護…」
「…口腫れるから、もう止めとけ」


俺のことを心配してくれているのか、一護の顔は辛そうに歪んでいる。
思わず目が行った口元に、不意にこんな風に思った。


「…一護とキスしたら、治るかな…」
「は?」
「俺、気持ち悪いんだよ。あんな奴の感触、忘れたいんだ」


言うだけでまた思い出して、ぞわりと体中の毛が逆立つのが分かった。
無意識に口元を擦ろうとする腕は、一護に掴まれていて動かない。
代わりに唇を噛み締めると、鉄の味がした。


「俺なら気持ち悪くねーのかよ」
「…多分。一護が俺が相手でも気持ち悪くないなら…」
「俺のことはいいって。…また気持ち悪くなっても知らねえからな」


掴まれた腕を近くの壁に押し付けられて、見開いた瞳に一護の伏せられた目許が映った。
重なった唇にピリっとした痛みが走って、少しだけ顔を歪める。
けれどすぐに歯列を割ってきた一護に舌を絡め取られ、そんなのに構っていられなくなった。
喰われるんじゃないかと思えるくらいのキスに、さっきのあのキスのことも他の何も考えられなくなる。
嫌悪なんて、微塵も感じなかった。
寧ろ胸の動悸が激しくなって、体中に熱が篭っていく。


「ふ、…んっ…ぃち、ご」


名前を呼ぶと唇は開放されて、指先で涙を拭われた。
ぼんやりとしたまま一護を見上げると、一護は顔を赤くして外方を向いていた。


「…気持ち悪かったかよ」


問われて、考えてみる。
気持ち悪くなんて全然なかったから、ふるふると頭を横に振った。


「……気持ち良かった、かも。一護、慣れてる?」
「ばっ…俺はお前が初めてだよ!」


ムキになって否定する一護は、耳まで真っ赤になっていた。
その様子と俺が初めてだという事実が何故か嬉しくて、頬が緩むのが分かる。
けれどやっぱり、一護までファーストキスが男にしてしまったことを申し訳なく思った。


「…ごめんな、一護。お前だってファーストキスぐらいは好きな奴とやりたかっただろ」


謝ると意外にも一護は呆れたような表情を浮かべて、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「バーカ、お前は気にしなくていいっつったろ。それに俺が好きなのはお前なんだから、何も問題はねーんだよ」
「え、」


あまりにも自然に言われた言葉だったから、俺は信じ難くて思わず聞き返していた。
バクバクと胸の動悸が激しくなったのは、一体どうしてなんだろう。


が無理やりキスされたって聞いて、凄ェムカついた。でも俺を頼ってくれて嬉しかった。…俺は、がずっと好きだったから」


それを聞いて、漸く全てに合点がいった。
確かに一護は俺とのキスを拒まなかったし、離れた後は顔を真っ赤にさえしていた。
それは、俺を好きだからだと言う。
理解する為に頭の中で一護の言葉をリピートさせていると、物凄い勢いで顔が熱くなった。
い、一護が俺のことを好き…?


「返事はすぐじゃなくても…って、?」


真っ赤になった顔を隠す為に俯いたのを不審に思ったのか、一護に顔を覗き込まれた。
こんな至近距離じゃ僅かな赤みさえも気付かれるだろうに、俺の顔の赤さは絶対僅かなんかじゃない。
加えて一護の端正な顔が近くにあることで、耳まで熱が篭っていった。


…?」
「っ〜…!」
「どうしたんだよ。顔赤いぜ」


やっぱりバレて、俺は頬を両手で抑えて一護に背中を向ける。
鏡にも映らないように、その場にしゃがみ込んだ。


「一護…」
「あ?」
「俺、一護のこと好きなのかも…」


だってそれしか考えられない。
他の奴じゃ気持ち悪くて仕方がなかったキスも一護だと気持ち良くて、告白されたのがこんなに嬉しい、…なんて。
考えてみると色々と当て嵌まることが出てきて、ぐるぐると色んなことが頭の中を回った。
大体クラスの違う一護のことを知っていたのだって、一護が啓吾の友達だからという訳じゃない。
オレンジ頭は大して気にならなかったし、ただ最初に目がいったのはその鋭い目付きで。
俺にはないその視線がかっこいいって思ったことだって、ある。


「………」
「…一護?」


俺の告白まがいな言葉から一言も声を漏らさない一護を不思議に思って、肩越しに背後に視線を移した。
すると一護はこれ以上ないってくらいに顔を真っ赤にしていた。


「うわ、真っ赤…」
「うっせーよ!」
「…俺が一護のこと好きだと嬉しい?」
「………嬉しい」


素直に肯定されて、俺は気分が良くなった。
立ち上がって一護と向かい合ってからへへっと笑って、ぺこりと頭を下げた。


「これからよろしく、一護」
「ああ…」
「俺の唇、守ってくれよ?」
「…お前、さっきまであんなに落ち込んでたくせに、いつの間に立ち直ったんだよ」


答える代わりに微笑んでやった。
一護が俺を本気で好きでいてくれてるって分かったのに、立ち直らない訳がない。
…本当はまだ、悔しいし嫌だけど。
多分それは今みたいに一護が少しずつ忘れさせてくれるから、俺はもう、大丈夫。


「一護、強いしなー」
「何の話だよ」


取り敢えず数では一護を上にしようと思って、少し背伸びしてキスをした。
これで俺のセカンドもサードも、一護のものだよ。







色々すみません(先手を打ってみた)




2005/02/15