「…お前、そんなんで足りんのかよ?」


 俺が齧り付いたパンを、まるで信じられないものでも見るかのように凝視する大我。実はもう1個あるけど、それを言ったところで大我の疑念はなくならないんだろうなあと苦笑する。大我に比べて、俺が量を食べないのは確かだ。


「足りてるよ」
「マジかよ…。ちょっとこっち来い」


 呼ばれるがままに近付くと、くるりと向きを変えられて、大我がかいていた胡坐の上に座らされた。ぎょっとしてよけようとするのに、馬鹿力のせいでぴくりとも動かない。


「ちょっ、大我?」
「ほっせー腰。もっと肉つけた方いーって、絶対」


 片手で腰を固定されて、空いた方の手でわさわさと腰やら腹やらをまさぐられる。いやらしさはないから許せるものの、くすぐったいのは我慢できない。


「べ、つにフツーだって…っ、もういいだろ、離せよ、」
「嫌だ」
「嫌だって、お前な…」


 でかい図体をして、何て子どもみたいなわがままを言うんだろう。呆れてものも言えないとはこのことだ。
 ふう、と溜め息を吐いて寄りかかると、思いのほか心地が良くて驚く。大我はバスケをやっているだけあって身長も大きければ肩幅も広い。俺の頭はがっしりとした肩にちょうど当たって、抱き竦められると本当にすっぽりはまってしまったような感じだった。男としては何とも複雑な気分だけど、恋人としては悪くない。
 大我は大我で俺の行動に気を良くしたらしく、そのまま飯を食べ始めた。たまに俺にも食わせてくるところを見ると、もしかしたら太らせようという魂胆なのかもしれない。


「…言っとくけど、俺太らないタイプだから。食わせても無駄だと思うけど」
「ちっ」


 舌打ちって…お前本当に幾つだよ。


「…大我は、太ってる方が好みなわけ?」


 アメリカには肥満体型の人が多いと聞く。だから大我も見慣れているだろうし、そういう人と付き合っていた可能性だってある。そうでなくても向こうにはグラマーな人が多かっただろうから、女の子みたいに柔らかくすらない俺は、少し肉をつけないと抱き心地は物足りないんだろう。


「別にそういうわけじゃねーけど、の場合、思いっきり抱いたら折れそう」
「いや、折れないだろ。それこそ女じゃないんだから」


 思わず笑ってしまったけれど大我は本気だったらしく、俺を抱き締める力が責めるように強くなった。
 腰に回る手に手を重ねて、大我に預ける体重を更に重くする。そうすると暖かくて気持ちがいい。こうやって抱き締められていると、言い様のない安心感が募る。ずっと女の子と付き合っていたら、こんな気持ちはきっとずっと知らなかった。
 だからというわけじゃないけど、大我が俺のことを思い切り抱き締めたいというのなら、それに応えてやりたい。骨が折れるなんてことはないだろうし、多少の痛みなら我慢できる。


「大丈夫だろ。細いかもしんないけど、毎日牛乳飲んでるから骨は丈夫なはずだし」


 だから思い切り抱き締めていいんだと言外にそう含めると、予想していた腰や背中じゃなくて、何故か首筋に痛みが走った。


「いっ…!おま、何やって…!?」
が誘うようなこと言うのが悪ィ」
「どこが!?つかここ学校だから!」


 痛かったのは噛まれたからで、きっと歯形がくっきり付いているだろう首筋をべろりと舐め上げられると、ぞくぞくと何とも言えない感覚が背筋を駆け上った。
 大我のこういう何に対してもオープンなところは好きだけど、誰もいない教室とはいえ、さすがに学校でそういうことをするのは避けたい。ぐい、と胸板を押して逃れようとすると、大我は不服そうにむすりと顔を顰めた。


「ごめん。でもここじゃちょっと…」
「…分かった」


 珍しく聞き分けがいいことに驚いて振り向いた瞬間、呼吸を奪われた。ぐ、と押し込まれる舌に反射的に引いてしまった体は、後頭部をがっしり掴まれて引き戻される。
 きっと時間にしたら1分も経っていないだろうに、舌を絡め取られたり吸い上げられたりと翻弄されれば息も上がる。はあはあと浅く呼吸をする俺に、大我は満足気に笑った。
 肉は付けなくてもいいけど、力は付けた方がいいかもしれない。そんなことを真剣に考えた瞬間だった。

ランチタイムの攻防戦

( 2010/11/07 )
( リクエストどうもありがとうございました! )