譲れないのは君への、






 こうして神田と一緒に仕事をするのは、これで何度目になるだろう。ラビのように数えるのが趣味な訳でもなし、いちいち覚えていない。思い出そうとしたが足がずきりと激しく痛み、思考を奪われてしまった。
 は足の痛みを堪えながら、前を歩く神田の背中を見つめた。真っ直ぐ伸びた背筋は、まるで周りのことなど気にしていないかのようだ。言葉もなく、振り返りもせず、がいることすら忘れているような。…寂しいけれど、それはいつものことだ。今更傷付くことではない。
 そんな風にマイナスのことを考えていたせいか、痛みが和らぐどころか強くなっていく。足を踏み出せず、立っていることすら難しい。は自分がよろめくのを感じ、地面に衝突する前に目を瞑った。
 しかしいつまで経っても衝撃がない。感じたのは熱と、腕の少しの痛み。目を開けて痛むところを見ると、そこは神田の手に掴まれていた。


「ユウ…」


 助けて、くれたのか。
 体勢を立て直しながら、そう思って神田を見る。交わった視線に鋭く射られたような気がして、びくりと体を強張らせた。


「…ケガしてんのか」
「……」


 言葉を発するのは憚られて、取り敢えず頷く。


「何で言わねェ」
「…迷惑、かけたくなかったから」
「アホか。こんな風に転ばれた方が迷惑だ」
「…悪い」


 確かに神田の言うとおりだ。は何も言えなくなって、ぐ、と唇を噛み締めた。俯いてしまったはそれ以降何も言わず、さすがの神田も不思議に思ったらしい。鋭い瞳が訝るように細められた。


「…?」
「…先に行けよ」
「あ?」
「俺は後で行くから」
「………」


 この足で神田について行こうと思っても、きっと足手まといになるだけだ。ならば置いて行ってもらう他はない。そう考えた末の言葉だった。
 そう言った後も俯いたままでいると、腕の熱が離れていった。神田は任務遂行を何よりも重視するから、の言葉のまま、イノセンスを持って教団に戻るのだろう。そう思って疑わなかった。
 ……それなのに、手を、取られて。


「え、」
「ゆっくり歩く。…もうAKUMAの気配もねぇしな」
「でもユウ」
「うっせぇ。黙って言うこと聞いとけ」


 声の調子や手を握る力は強いのに、歩く速度だけが妙にのんびりだ。ぼんやりと前を歩く背中を見つめていると、は何だか泣きたいような笑いたいような衝動に駆られた。
 手を繋ぐなんて初めてだった。キスもその先もしているけれど、手を繋ぐことだけは神田が酷く嫌がった。それなのに、今はこれだ。言わないに怒る反面、心配もしてくれているだろうし、気付かなかった自分に苛ついてもいるのだろう。傍目からは分かりにくいが、はそんな神田だから好きになったのだ。
 嬉しいと言ったら、神田は怒るだろうか。きっと手は離されてしまうだろう。だからは何も言わない。その代わり精一杯の感謝の気持ちを込めて、神田の手を強く握り返した。一瞬相手の力が緩んだけれど、すぐに今まで以上に強く握られたことが、足の痛みなんて忘れさせてくれるようだった。






( 2006/11/24 )