「あ、いたいた。神田、」


 名前を呼ばれて振り返ると、医療班のが駆け寄ってくるところだった。肩に下げていた大きなカバンを下ろして、素早く神田の足元に跪く。ぎょっとしている間にがカバンの中から消毒液と包帯を取り出したのを見て、彼が何をしようとしているのか理解した。


「他の奴看ろよ」
「神田の傷も治さないとだめだろー?」
「俺はいい」
「ダーメ。小さな傷は自然治癒に任せるに限るんだから、俺に処置させて」


 は柔らかな口調で、けして命令ではないのに相手にノーと言わせないような言葉を操る。それは神田にすら有効で、一度は断ったものの二度目は口に出来なかった。
 黙り込んだのを了解とみなし、はてきぱきと神田の団服の裾を捲くりあげた。神田は短く息を吐いて、自分の足に消毒液を吹き掛けられ、包帯がぐるぐる巻かれていく様子を眺めた。昔は不器用だった手付きも、毎日色んな人物の手当てをしていれば流石に様になっている。
 普段はアレンに負けず劣らずにこにこ笑っているも、今は真剣にケガと向き合っていた。けれど顔を上げた時に、ふと目と目が合った瞬間。ふわりと笑んだその姿に、どきりとする。


「神田」
「…あ?」
「自分を大切にしろよ」


 は神田が自分の寿命を犠牲にして回復することを知っている。心配されているということが痛いほどに伝わってきて、だからこそ逆に居心地が悪い。


「神田が死んだら、俺は泣く」
「……俺は死なねぇよ」
「今回はね。だけど次は分からない。…そういう不安を抱えてる奴も、いるんだよ」
「………」


 浮かべていた笑顔が、泣きそうに歪む。その姿に、何も言えなかった。…一体、何を言えただろう。は神田が戦地に赴く度にそんな不安を抱えているのだ。恐らく神田に対してだけではなく、他のエクソシストや探索部隊に対しても。…それは酷く優しく、残酷だ。


「…気を、付ける」


 かろうじてそれだけを告げると、は驚いたように目を見開いた。自分でもらしくないと分かっていたからこそ、その反応にいたたまれなくなって、神田は踵を返して部屋に戻ろうとした。その時。


「俺、神田のそういうところ、好きだよ」


 はっきりと耳に届いた声。立ち止まっても、振り向くことは出来なかった。ぱたぱたと駆けて行く足音が聞こえたところからすると、きっとまた次の怪我人の下に向かったのだろう。
 神田の心を乱せるだけ乱しておいて、颯爽といなくなる姿はまるで嵐のようだった。その上嵐は、過ぎ去ってもくっきりと爪痕を残していくのだ。

嵐の爪痕

( 2009/08/05 )