「森山センパイ、センパイと仲良いってマジっすか?」 「ん?ああ。よく知ってるな」 「有名っすからねー。俺に負けず劣らずの美人って」 「自分で言ってんじゃねーよ。つーか、手止めんな。動かせ」 体育館の掃除中に無駄話に花を咲かせる森山と黄瀬に、モップをかけながら笠松が注意する。慌てて手を動かし出すふたりだが、口の動きも再開させた。 「美人?」 「あの人、どっちかっつーと女顔じゃないすか。男にも人気あるし。あんな綺麗な人が近くにいて、森山センパイはぐらっときたりしないのかなーと思って」 美人、綺麗。それは周囲がという男を言い表す時に、よく使われる単語だった。男くささがまったく感じられないからか、女だけではなく男にもモテると聞く。 黄瀬はそういうが森山と仲が良いと聞いて、そんな疑問を抱いたのだろう。 「いくら綺麗だっては男だろ?友達によろめいたりしないよ」 「へー、そんなもんすかねえ」 「というか、俺はかわいい女の子が好きなんだ。男に興味はない」 「…それ当たり前のことなんでしょうけど、何かサイテーっすよ」 黄瀬の言葉に全面的に同意しつつ、耳を澄ましているわけでもないのに、自然と耳に入ってくるふたりの会話に笠松は気が気でなかった。先程注意した時にこの話題も流れてくれるのを願っていたのだが、それも失敗に終わってしまった今、敢えて聞こえない振りをすることで精一杯だ。だが一方、黄瀬はまだしも森山の発言も気になって、結局ひとつひとつに反応を返してしまいそうになる。 そんな笠松の心情に気付いた様子もなく、森山は笠松の方を見て肩を竦めた。 「第一、は笠松命だし」 「へ?」 「森山てめえ!!」 森山が言ってはいけないことをさらりと口にした瞬間、笠松はモップを床に叩きつけていた。ばきっと音がしたがこの際それは気にしていられない。 「何だよ、別にいいだろ?」 「よくねーよ!こいつが誰かに言い触らしたらどうするんだ!」 「や、言い触らしはしないっすけど…センパイって、笠松センパイのこと好きなんすか?」 からかうわけでもなく普通に問い掛けてきた黄瀬に、笠松はぐっと言葉を詰まらせる。ここで違うと否定したところで、じゃあ今の笠松の反応は何だったんだと不審がられるのがオチだろう。迷う笠松の隣で、森山がこっくりと頷く。 「もーりーやーまー…!」 「いいじゃん、言い触らさないって言ってるし」 「お前はの友達だろうが!あいつの気持ちも考えろ!」 「?」 「…ていうかさ、さっきから笠松の方が墓穴掘ってるような気がするんだけど?」 笠松が思わずいつものようにの名前を呼んでしまったことに、スルーしてくれればいいものを黄瀬が反応してしまい、森山が呆れたように溜め息を吐く。悔しいがそのとおりだったので、笠松は何も言い返せない。 「あー…わかったっす。すみませんっした、笠松センパイ。事情はわかったんで、もう何も言わなくていいっすよ」 そして最終的に、ふたつも年下の黄瀬に気を遣われるはめになってしまった。それは助かるのだが、先輩、しかもキャプテンとしてはこのままでいられるわけがなく。 「ちょっと待ってろ!」 「え、笠松センパイ!?」 掃除中ということも忘れて、笠松はその場を駆け出していた。残された黄瀬と森山、そして他のバスケ部の面々は、各々顔を見合わせるが。 「ちょ、ユキ、なに?どうしたの?」 「いいから付き合え」 ―――彼等が言葉を交わす暇もなく、笠松は戻ってきた。その手の先に、困惑した表情を浮かべるを連れて。 「こいつは俺の恋人だ!文句あるか!」 その男らしい宣言に、誰も文句など言えるわけがなかった。 take an oath 「つーか、連れてくんの早かったっすね」「こいつ、いつも外で俺のこと待ってるから」 「(笠松センパイ命ってのほんとなんだ…)」 「森山、これなんなの?俺、明日から恥ずかしくて体育館来れないじゃん…!」 「大丈夫じゃない?みんな祝福モードだし」 「そういう問題じゃないよ…」 「…嬉しいくせに」 「っ!…森山の意地悪」
( 2012/03/24 )
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