戸締まりを終えて部室を出ると、がドアの横でうずくまっていた。


「…?具合悪いのか?」
「違うけど…恥ずかしくてしにそう」
「恥ずかしい?何がだよ」


 隣にしゃがんで、の頭に手を伸ばす。ごわごわしている俺の髪とは違って、さらさらで柔らかい髪。綺麗なにはよく似合うそれを触るのは気持ち良くて、最近の日課となりつつある。
 は俺の手を振り払ったりしないで、真っ赤になった顔を上げた。


「…顔、赤いな」
「…ユキとのこと、バスケ部の人たちみんなに冷やかされた」
「あー…」


 は俺の恋人だと宣言したのはつい昨日のことだ。あの時あの場にいなかった連中にもその話は伝わっていて、俺も朝から随分からかわれたものだが、それはにも及んでいたらしい。
 ただでさえと話したいと思っていたような奴らだから、俺という接点を見つけて、ここぞとばかりに話しかけたに違いない。


「悪かったな」


 手を差し出して、その手を取ったを引っ張るようにして立ち上がる。はきょとりとして、すぐに破顔した。


「でも、認めてもらってるみたいでうれしいよ」
「…そうだな」


 普通なら気持ち悪がられるような関係だ。あんな風に簡単に受け入れてもらえるようなものじゃない。けどあいつらは、相手がだからというのもあるんだろうけど、みんながみんな祝福モードだった。
 お似合いっすよ!と言ったのは黄瀬だったか。…あれが実はすごく嬉しかったことは、黄瀬はもちろんにも言えない。


「バスケ部は良い人ばっかりだよね」


 肩を並べて歩き出すと、がそんなことを口にした。自分の仲間を褒められて悪い気はしない。良い人、なのかどうかは置いておいて。


「そうか?…まあ、悪い奴はいないけどな。バスケのことしか考えてないっつーか」
「確かにそんな感じだけど、ユキの存在も大きいと思うよ」
「俺の存在?」


 思いもしなかった言葉にを見ると、なぜか誇らしげに胸を張っていて思わず笑ってしまった。それにむくれながらも、は俺にその理由を教えてくれる。


「だってみんな、ユキのことすごいって言ってたし。ユキが一番頑張ってるから、俺らも頑張らないわけにはいかないって」
「…あいつら…」


 一体に何を吹き込んでいるんだ。俺のいないところで俺の話をされるのは、内容がどうであれ居心地が悪い。悪口じゃないから良いものの、下手に褒められるのも照れ臭くて仕方ない。
 そんな俺に、隣でがくすくすと笑う。


「ユキも顔赤くなってる」
「…見んなよ」


 曰く赤くなっているらしい顔を手で覆って、空いた方の手での頭を上から押さえ付けた。当然俯くしかなくなったは、それでもまだ楽しそうに笑っている。
 が良いなら、別に何吹き込まれたっていいか。そう、思った時。


「そこのバカップル、自重しろ!」
「ひゅーひゅー!」
「は!?」
「え!?」


 突然、そんな言葉をかけられた。声のした方を向くと、俺たちから少し離れたところに、にやにやと笑った森山と黄瀬が立っている。
 さっきの言葉から考えても、俺との一連のやり取りは全部見られていたらしい。かあっ、と顔がさっき以上に熱くなる。


「お、お前ら…!」
「やべっ、笠松センパイ怒った!森山センパイ、逃げるっすよ!」
「おう!じゃあな、!」
「え、あ、うん、じゃあね?」
「バカ、つられんな!くそ、逃げやがった…!」


 離れたところにいたのは、こうやって逃げるためだったのかと分かった時には、森山と黄瀬の姿はもう見えなくなっていた。無駄に素早い逃げ足に、思わず舌を打つ。
 でもを置いていくわけにはいかないし、どうせ明日には部活でまた会える。その時にたっぷりしごいてやろうと思って、追い駆けるのは諦めた。
 それに、それより隣で考え込んでいるの方が気になる。


「…ねえ、ユキ」
「何だ?」
「自重しろって、何を自重すればいいんだろうね」
「…そういやそうだな」


 の疑問はもっともだった。俺も意味が分からない。
 結局最後まで言葉の意味が分からなくて、翌日、森山と黄瀬をしごき終わった後に問い掛けると、何故か微妙な顔をされた。どうやら俺とが無意識にイチャついていたらしいと知らされて、それを聞いた周りに余計冷やかされるようになっても、にそんな恥ずかしすぎる真相は言えなかった。

banter

( 2012/06/03 )